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ふぁみりーチキン  作者: 魔桜
~I can fly~
48/53

第47羽 終わりました。


 気が遠くなるような沈黙。

 それでもまだ鼓膜には樫野先輩の言葉の残響が、未だに鳴り響いている。

 実際には何秒間だけだったかも知れないような、久遠とも思える時の緩慢さ。

 そんな沈黙を破ったのは、ただの紙切れが落ちていく音だった。パサッと誰かが落としたような音がしたと思ったら、次々にみんな紙を取りこぼして膨大な紙が床一面に敷き積まれる。

 誰もがそこに書かれている事物を認めないかのような無言の主張。それがただの思い違いじゃなければ、生徒全員の静謐な表情だって見間違いに違いない。グシャグシャに握りつぶしているやつもいれば、踏みつけているやつらだっていた。

「…………なんだ、貴様ら。君らは何をしている。なんなんだ、この茶番はああ!! 答えろ、樫野ぉ!!」

 堰を切ったように憤りを露わにしながら、形相をかえる理事長。

 それに微苦笑で応えるのは、この出来事の立役者である樫野先輩。

「見て分かんだろ、理事長。ただこいつらは気がついただけだろうが。……今の俺達がほんとうに今やるべきことをなあ」

「何をごちゃごちゃ訳のわからないことを言っているんだ、樫野!?」

 信じられないというように首を振る。

「……それからここにいる貴様らもだ、クズどもがっ!! お前らは俺の言うとおりに動いていればいいものを。傀儡が勝手に糸を断ち切るような真似をして、ただで済むとでも思っているのか? 私にいま逆らったところで、貴様らの将来は私の舌先三寸全てが決まることを失念するなあっ!! ものも知らぬようなただの餓鬼は、頭のいい人間の言うことだけを黙って聞いていればいいんだっ!! それだけでお前らの将来は安泰なんだよ。……なぜそんなこともわからない!?」

「分かっていないのはてめぇのほうだよ、理事長。いくら血の繋がりのある柳生咲乃の発言権が高いからっていってなあ、それを積極的に排除するようなやつの正義なんて、俺たちは信じられねぇんだよ」

 反論に窮する理事長は狼狽していて、どこか胡乱な表情をしている。自分の何かが破滅するような顔をしていて、精悍としていた顔が今では見る影もない。

「みんなの意見に逆らって、独りよがりに酔いしれるんじゃねぇよ。どうやらここいる全員、あんたの意見には賛同できねぇみたいだがこれからどうするつもりなんだ?」

 理事長は疲弊しきったような表情で、底冷えするような哄笑を響かせる。計算高い人間が一度指針が狂ってしまうと、もう元の場所には還れないように思えた。

「……もういい…………疲れたよ…………。お前らの処分は追って報告することにする。それまでつかの間の優越感に浸っておけ、餓鬼どもが。ハハハ、もうお前らは終わりだ…………」

 壇上の奥にふらついた足取りで消えていった理事長を、誰も止めようとはしなかった。いや、ただ消えていく背中に追いすがるように手を伸ばそうと一瞬だけ柳生がしたような気がした。それでも足は微動だに動こうとはしていなくて、なぜかそれが悲しかった。そうするのが普通なはずなのに、彼女の背中が悲哀を物語っていたからかもしれない。

 そんな彼女の許に駆けていった。

 ただひたすらに苦しい想いをしてきて、やっとその呪縛から解き放たれたその瞬間。ただきっと、駆け寄る人間は彼女の傍にいたいんだと思う。もしかしたら、この幸福は刹那の虚構なのかもしれない。でも、それでもただひたすらに走り寄って彼女と喜びを分かち合いたいんだと思う。

 振り向いた柳生の目は見開かれていて、近づいた人間はもう階段を上がるのも面倒くさいのか、一足飛びで壇上へと飛び乗った。

 高さが足りなかったのか、躓くように片膝を瞬刻ついたけれどまた立ち上がる。ただ彼女に抱きつくためだけに。人目をはばからずに嗚咽する彼女を優しく抱擁して慰めている人間は、今まで助けられなくてごめんねと言いながら泣きじゃくる。

 もういいから、と独りごちるような音量でも、反響する声を柳生を上げていた。そんな落涙するように涙を流す彼女を抱きすくめていた人物こそ、他ならぬ――ススキだった。

 ――あれ……なんかおかしいような……。ちょっと急展開すぎてついていけないんような……。あそこで抱きついているのは本来僕なんじゃないかなと思うのは、間違っているのかな。

 みんなに同意を求めるように振り返ると、樫野先輩の周りにたくさん人が取り巻いている。最悪な状況打破した功労者として祭り上げられている。

 さっきの演説じみた口上も感動したという声が上がっていて、彼もまんざらでもなさろうに見える。ただ思うんだ。僕も結構本位で演説をしたというのに、まるで人が寄り付かない。

 なんかもう、この独りぼっちのおいてけぼり感がひどくて、さっきとは違う意味で瞳が潤っていく。棒立ちになったままでいると、まるで何かを期待しているようで浅ましい人間とは思われるのではないだろうか。もうほんとにそういうのは耐えられないから、誰にも気づかれないように僕は体育館をあとにしようとしたその時、肩をポンと叩かれた。

 希望に満ち溢れながら、呼び止めた張本人が誰かを確かめると、

「感動したよ」

 パチパチと拍手をしながら、滂沱の涙を流している婚約者がいた。大量にあふれる涙のせいで、ほとんどの化粧が崩れていてい醜さが露呈している。というかどんな美人でも中途半端な化粧落としをしている状態なら、かなり悲惨な顔になること請け合いだが、彼女の場合とはちょっとばかりわけが違う。

 老いるってこんなに悲しいことなんだっていう、生きた教訓。

 小皺が、特に笑ったときにできたであろう八の字型の皺が日の目を見ている。ファンデーションで隠していたのだろうけれど、それが見えてしまっているのは耐えられない。というか、もう泣きすぎだ。歳月を重ねると涙腺が緩みやすいとかそういうのとは格が違う。ドン引きしてしまうぐらいの泣きっぷりは、視界に入れたくないぐらい。

 あははは、と微苦笑を貼りつけながら、ゆっくりしっかりと指を引き剥がす。撥ね付けるようにしても良かったけれど、さすがになけなしの良心が痛んだ。僕はそのまま無言で帰路に就いた。 

まだもうちょっとだけ続くっ!!

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