第42羽 なにもできなかった。
僕は立ち聞きするつもりなんてなかった。
ただ久しぶりに両親が揃って妹のお見舞いに来てくれていると思ったから、喜び勇んで二人についていっただけだったんだ。でも少し驚かせてやろうと思って、声をかけずに追いかけていった。
個室に入っていった両親の顔は陰影が翳っていたけれど、そんなことお構いなしに。妹の手術の結果について医者が両親に話しているのを全部聞いてしまったんだ。
それが間違いだったって気がついたときには、なにもかも手遅れだった。
「……お兄……ちゃん」
「ごめん、起こしちゃったかな……」
目覚めたばかりで、焦点の定まっていない妹の声は弱々しくて。
いつもの快活さは見る影もなかった。
瞳の周りが青白くて、それでいて肌が人とは思えないぐらい真っ白だった。
「……お兄ちゃん……。そうだ、私の手術はどうなったの? なんだか大人の言うこと信じられなくて……。お兄ちゃんなら、信じられるから、私……」
きっとそれは、自分の身体の異常が一番分かっているからこそ、誰も信じれなくて。
咳き込む姿は、本当に身体がきついってことが伝わってきて、そんな妹に僕は、
「やったなっ!」
彼女の痩せた手を握り締めた。
握り返す力もない彼女の手は、滑らないように力を入れなくちゃいけなかった。
「手術は成功だってお医者さんが言ってた。……これで、やっと外に出れるな」
精一杯といったふうに彼女は微笑んだ。
「……よかった」
これでよかったんだよな、これで……。
どれだけ僕が苦しくても、それで今まで懸命に頑張ってきた妹が少しでも報われるなら。
「お兄ちゃん、私学校いけるんだよね」
「ああ、学校は楽しいぞ! たくさん……友達つくろうな」
なにがたくさん友達つくろうな、だよ。
僕にそんな言えるほど友達なんていたのかな。
ただ相手のいうことに頷いているだけで、自分の本心を暴露できる人間なんて学校にはいないのに。
「お母さんたちさっきね、お見舞いにきてくれたの」
「へえ、そっか。実は僕もさっき会って話して言われたんだ。……やっと家族みんなそろうなって!」
両親の喧嘩の原因は、ほとんどが金銭面での口論だった。
妹の生まれ持った病気には莫大な費用がかかるらしく、今までずっと苦心してたらしい。父親は酔っていた勢いとはいえ、妹の存在を否定するようなことを愚痴ったりするのを僕は――。
「お兄ちゃん、ありがとうね」
そんことを言われるような上等な人間じゃないんだ。
臆病な僕は、何一つ妹に本心を打ち明けることができなかったんだ。事実を聞いた妹が、傷ついたところを見るのが怖くて。
……そして、僕は彼女を救うことができなかった。
ああそうだ。結局無力な僕ができたことなんて一つもなかった。




