第40羽 彼女のことを思い出しました。
全校生徒が体育館に集合した。
生徒数が少ないとはいえ、全学年の生徒が集まるとちょっとしたものだ。
緊急集会という形というだけあって戸惑う生徒もいて、この状況についての推測を囁きあっていた。手元の紙を付き合わせながら、まるで一大イベントのような気安さで。同学年ならまだしも、学年違いはそんな雰囲気だった。
そして、理事長が壇上に上がるとその噂話もぱたりと終わる。
それだけ彼がどんな人間かという認知がされているということで、これだけの統率ができることは嫌でも分かった。
マイクの角度を調節をし終えると、よく通る声で、
「みなさん、よく集まってくれました。突然の集会で面倒くさいと思っている人もいるかもしれませんので、どうぞお座りください」
生徒たちは苦笑しながら、体育座りでだらっーとしながら座る。
気勢を削ぐようないい口は、ただ厳しいだけの先生よりは生徒から好かれる。ただ僕にとっては、あんなに気さくに実の妹に引導を渡せる人間は、正直いって気味が悪いぐらいだ。
それでも事情を知らない人たちは「あの人面白いな」ぐらいで終わっているのもうなずけるんだ。でも、同じクラスの人でも笑っている人がいるのはどうしてなんだろう。なんで笑っていられるんだろう。
「校長先生の有難い長話にも毎回負けずに堪えられているみなさんですが――、おっと校長先生に睨まれてしまったので、そろそろ本題に移ろうかと思います」
ドッと笑いが周りから沸く。
僕は紙を持つ力が強くなって、ちょっと下唇を噛み気味に口元を引き締める。
「まずは、柳生咲乃さん。壇上に上がってください」
斜め前に座っていた柳生が、すっと立ち上がる。そのままみんなをたどたどしく避けながら、壇上へと上がる。
それは見せしめのようで。
理事長に逆らおうとする人間を無くすためにわざわざこうやって、みんなの晒し者にしているような気がして、吐き気がした。
みんなはというと、ちょっとした間ができたので落ち着かず。隣の人たちと紙を突き合わせながら、「これってあの子のことだよね」とか言い合って楽しんでいる。知らないとはいえ、いや知らないはずがない。あれだけ理事長が自慢していたシステムだ。多分知っていて、まだ知らないフリをしているんだ。
自分たちがやってきた行為のせいで、一人の人間が不幸になることを認めたくなんて無いだろうから。
そんなことをしている人間が我慢ならなくて、でもそんな批判ができるほど僕は上等な人間じゃなかった。
何も成すことができなかった僕には――。
壇上に登った彼女を気遣うことすら偽善っぽくて、でもそれを止められなくて視線を上げた。
彼女は――笑っていた。
これから宣告されることも全部知っていて、そして今までの仕打ちも全部その身で受けているにも関わらず彼女は笑っていた。
それを見た瞬間に、あることを瞬間的に、反射的に懐古した。
柳生のようにずっと何かを堪えて、それでも何千もの言葉を口にできずにいた彼女のことを。
なんだか雰囲気というか、仕草というか、柳生に似ていて。
柳生を一目見た時から衝撃が走ったのは確かだったんだ。
僕は、妹の笑顔を思い出した。




