第39羽 正義とは何か問いかけて、
あれから僕は何も手を出すこともできずに、柳生との別れの時がくるのをただ指をくわえて待っていることしかできなかった。
どうにかして柳生を助け出したいとは思いつつ、結局有効な打開策はついに思い浮かばなかった。
いつも困難から逃げてばかりいる僕が、立ち向かう考えなんて、最初からできるはずもない。
――そして、柳生が島の外に追い出される日がやってきた。
全校集会とは名ばかり、転校とは建前であって、邪魔者を排除する儀式。
暗澹な心持ちのまま学校に登校すると、門前でなにやら人だかりができていた。
樫野先輩が先陣を切って、ボランティア団体に人が選挙活動よろしくビラらしきものを配っていた。校門に入る生徒を一時的にでも阻むように、スクラムのような異様な隊列を組んでいる。
気味が悪くてどうにかして人混みを縫うように移動しようとするが、案の定前を塞がれる。、
そして、樫野先輩が強引に紙を胸元に押し付けてきた。
一歩退きながら、手にとって視線を落とすと、
「……なんですか、これ?」
声を失いかける。
そこに書いてあったのは、『柳生咲乃 送迎会』がデカデカと煽り文句がある、号外のようなものだった。ここに至るまでの経緯が細かく、それでいてわかり易い詳細が書かれていた。ボランティア団体発足の流れから、柳生が反発してからの流れが包み隠さず。それでいて柳生が島の外に出るのは正当であるような論調が書いてあった。
「見ての通り、あいつを笑って送ってやるための俺のアイディアだよ。よくできてるだろ?」
「あんた、柳生の幼馴染なんだろ? どうしてこんなことが平気でできるんだよ……」
笑ってなんて言葉通りの意味じゃない。
嘲弄して追い出してやろうって意味だ。
ただ送り出すだすに飽き足らず、どうしてここまで卑劣なことができるんだ。
「……どうして、どうしてなんだよ……。あんた、ボランティア団体のリーダーなんだろ? だったらどうにかみんなを説得できたりできるだろ。どうにかしてあいつを助け出すことができるんだろ!? 僕にできないことができるはずなのに、どうしてこんな酷い仕打ちを顔色一つ変えずにできるんだよ!?」
紙をぐしゃぐしゃに握りつぶしながら、心の叫びを訴える。
「あーあ、紙が……。まあ安心しろよ。まだ余りはたくさんあるからな。……お前らも、絶対に受け取れよ。……受け取らなかったらどうなるか分かってんだろーな」
訴えはまるで届かない。
樫野先輩は登校中の生徒に脅しをかけながら、僕にずいっとまた紙を差し出してくる。
周りの生徒たちは「あーあ、なに馬鹿なことしてんだよ」みたいな同情の視線を投げかけてくる。どんなに納得できなくても、敵わない相手には噛み付かないのが利口。理不尽も呑み込んで、ただ心を閉ざして無難な生き方をしていればいい。
そんな風に生きれたならって僕は思うんだよ。だけどさ――。
「あなただって言ってたじゃないですか!? お前の正義を見せてくれって! あんたにだって正義があるんでしょ!? 本当はこんなことだってしたくないんだろ!? だって、だって! 誰かの為に、躊躇なく頭を下げられる人間が悪い人間じゃないはずだから!」
「……ああ、そうだな。俺は正義の味方だな」
首肯する樫野先輩に、一条の希望の光が見えた。
僕ひとりじゃ何もできない。
でも、誰かと、他の誰かと手を組めばもしかしたらなんとかなるかも知れない。
そんな淡い希望を抱きながら、僕は樫野先輩の言葉を待った。
けど――。
「相手の行動理念が理解できないから敵を排除したり、複数人で独りの怪人を袋叩きにしたり、合体ロボの戦闘の余波でビルごと人間を虐殺したりしちまう、正義の味方の同類だよ。……俺はなあ」
紙をまた突きつけられる。
「子どもの頃に見るテレビに、颯爽と登場する正義の味方が教えてくれるのはなあ、綺麗事なんかじゃねぇ。どれだけ卑怯なことをしても、正義さえ名乗ればいい。周囲に正義の味方と容認されていれば、どれだけ残忍なことをしても許されちまうっていう世の理なんだよ」
樫野先輩には咄嗟に何も言い返せなかった。
だって、きっとその通りだから。
周りの生徒たちは僕らの言い争いをただ眺めているだけで。むしろ、足早に去っていくようにしていて、手元にはしっかりと紙が握られていた。
そう、ここにる誰ひとりとして樫野先輩に逆らおうとする人間はいなくて、彼が正しいと認めているようなものだった。
「この島の九割の人間相手に、たった一人だけ敵に回る覚悟が今のてめぇにあるのか?」
僕は樫野先輩に言葉に押し黙って、キレイなままの紙を持ったまま体育館に移動した。




