第38羽 惚れられました。
「どういうことですか?」
「……家族なんて、実の両親なんて、ただの重荷にしか思えない時があるんだよ」
痛烈な言葉に、口を噤んだ。
そんなことを言わないといけないぐらい、彼女は過去に深い傷を負ったのだろうか。
「親とか学校の先生とか、無責任にこうやって子どもに教えるでしょ? 『夢を持ちましょう』って。でもいざ夢を見つけて語ると、『現実をみなさい』っていうんだ。どうして分かってくれないのかな? たった一言でも私の可能性を信じてくれる言葉を言ってくれたなら……たった、それだけで私は夢に向かって邁進できるのに」
……でも、でも……、親の言うことも分かるんだ、と彼女は俯き気味になる。
「私には才能がないんだ……。どれだけ努力してもダメで……。どれだけ努力しても無駄で……。夢とか希望とか持っていない時は辛かったんだよ。夢を持っているみんなみたいに、豊潤な人生が送りたいと思ったんだ。でもね、持ってしまったからこそ、気がついてしまったことがあるんだ。……叶わない夢を持ってしまった方が、よっぽど辛かったんだって……」
みみみさんの手は完全に止まってしまっていた。
夢なんて大仰なものは持ち合わせていないから、正直彼女の心情を完全に理解することなんて僕にはできない。
でも、こうして僕に心情を吐露するのには、何かしらの意図があるんじゃないかって思う。
それは、例えば救難信号。
夢なんていらない、って本心で思っている人間が、わざわざ口に出して言うだろうか。
そんな自分を否定して欲しいからこそ、そんなことを僕に言ったんじゃないだろうか。
……もしかして、クラスメイトも本当は――。
「僕は……。僕は美容師になることが、どれだけ大変なものかも知りません。たとえなれたとしても、その後がほんとうに大変なのかも知れません。でも、それでも、やっぱり夢や希望を持てたってことは、なんていうか……いいことだって思うんです。僕は、僕は、みみみさんを応援してますよ」
その言葉はみみみさんに対してというだけでなく、自分のためもあった。
叶わない希望を持ち続けることが辛いってことは分かっているけれど、ここで彼女を否定してしまったら僕を否定することになる。
――まだ柳生を救おうとすることを、諦めきれていない僕のことを。
「あー、もう……」
みみみさんは、僕の髪の毛が誤って目に入ってしまったかのように、目をゴシゴシさせる。
手で覆っていて、細かな表情は確認できない。
ただ、湿った頬と、嬉しそうに歪めている唇は鏡越しでもバッチリ視認できた。
「惚れちゃった。……いや、惚れ直しちゃったかな」
パッと、手を振り払うようにすると、尊顔が露わになる。
煌めいている笑顔は、直視するのは到底無理で、僕はそっぽをむいた。
「……えっ、ときょ、恐縮です……」
ごめんなさい。
こんな時、どんな顔をしていいのか分からないんです。
そんな僕を見たみみみさんは、おおっぴろげに笑う。
「……大丈夫だよ。家・族・と・し・て、惚れ直しちゃったただけだからっ!」




