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ふぁみりーチキン  作者: 魔桜
~fly away~
36/53

第35羽 振り切りました。

 あんな騒動があって,ほとんど一睡もできなかった。

 登校する足も重くて,陰鬱な気分。登校する際に感じる排斥の動向に,さらに気分が悪くなりながらもようやく教室に到着する。

 遅刻ぎりぎりの時間だからか,クラスメイト達は揃い踏み。

 その中に柳生の姿を見つけてほっとする。

 声をかけようとするが,こちらに気付いた柳生はさっと顔を机に突っ伏す。まるで他のクラスメイト達と同じ,僕を避けるように。

 それを認めるのが嫌で,近づこうとすると,

「あっ,おはよぉー,優ちゃん!」

 キンキン声を傍で言われ,片耳を塞ぐ。

 今日も元気を振りまくススキには,きっと僕の放っておいて欲しいという心情は理解できない。こんな能天気な奴には,なにも。

「遅かったから心配したっスよー,優ちゃん。体調でも崩したかってー」

 白々しい言葉に,眩暈すら覚える。

「昨日のことで,僕が学校に登校しなくなるとでも思ったのかよ。なあ,そうだろ? ここにいるみんなはどうせ知ってるんだろ? 柳生がどういう状況にいるかとか,僕がなにをしたかってさ」

「え? え? え? なになに,どうしたの優ちゃん? そんな怒らないでさ,ね。もうすぐ先生だってくるし」

「……どうせ僕は何もできなかったよ。むしろ,僕のせいで柳生がこんなことになって! ……今は誰にも構って欲しくないんだよ,そのぐらいわかるだろ? それとも僕をよってたかって責めてるのか?」

「……えっと、ごめん。ごめんね,優ちゃん。そんなっ,私はっ,そんなつもりなんてないっスよ」

 駄々を捏ねる子どもをあやすような言い方。

 そうやって謝っている態でいれば,なんでも許されると思っているんだ。

 こんな,たくさんの人がいる教室で,男と女が諍いをしている。

 立場は同等な筈なのに,こういう時はいつだって男が悪者扱いになる。

 そんなことも全部計算にいれていて,これで許さなかったら完全に僕が悪い奴で。

「いいよな,女は。そうやって謝れば,涙の一つでも溢せばみんな同情してくれるもんな」

「な,なにいってるんスか? 私は……そんな……」

「じゃあ、柳生を助けてやってくれよ。あいつは僕のせいで……」

「…………っ」

 ススキは言葉を詰まらせる。

 支離滅裂な僕の言葉にだろうか。

 それとも、なにもできない自分の非力さ故だろうか。

「いい加減にしろよ。……お前は男とか女とか関係ない。ただの卑怯者だよ」

 人垣を掻き分けるようにして割って入ったマグロは、憤怒していた。

 肩をいからせて、食って掛かってくる姿は勇ましい。

「樫野や理事長に歯向かうのが怖いから、ススキに当たり散らしている。そんなこともわからないのか?」

 言葉を失った僕の心の内を代弁するかのように、ススキが嗜める。

「そんな……マグロ……そんな言わなくてもいいっスよ」

「言わなきゃわからないような奴なら、私が言うしかない」

 マグロはススキのカバーを一蹴すると、語気荒く言い放つ。

「みんながお前を避けている中で、どれだけの勇気を振り絞ってススキが話しかけたのか貴様に分かるのか? 咲乃と一番仲の深いススキが、どれだけその笑顔の裏で苦しんでいるのか知っているのか? ……無知蒙昧な貴様に、ススキを糾弾する資格なんてない」

「……じゃあ、どうして柳生を助けようとしないんだよ」

「なんだって?」

「みんなでどうにかすれば、みんなが協力すれば、柳生を助けられるかも知れない」

 マグロは心を痛めるように、顔を歪めた。

 そんなことは自分も百も承知とばかりに、苦しそうに。

「そんなこと、咲乃は望んでいないだろ」

 柳生を見やると、バリケードのように顔を両腕で隠している。

 耳まですっぽりと収まるようにしていて、あれじゃあこちらの言葉も聞いているかどうか怪しい。

「これ以上犠牲を広げたくない。だから悲劇を一身に受けるのなら、自分ひとりだけで留める。そう咲乃が決めたのなら、私はそんな咲乃の想いを踏みにじることなんてできないんだ」

 マグロの言葉に、同調している自分がいた。

 あの時も僕はマグロと同じ思いを抱いて、そして、結局はなにもできなかったんだ。

 彼女の重い言葉に沈みながら、周りを見渡す。

 みんな沈痛な面持ちで視線を逸らしたり、床に落としたり。きっとみんな柳生を助けたい思いでいっぱいなハズで、でもそれができなくて悔しそうで。

 だけど、何もできない自分らが腹ただしそうで。

 ゆうりちゃんだけは、こっちを見据えていた。

 せんりちゃんと片手で強固に絆を結び合いながら、まるでこれから僕がなにをするのか期待するような、そんな目に居竦まれる。

 僕はそんな彼女の視線が怖くて、足が竦んだ。

「はい、みんな席ついてー」

 惚けたような声を掛けて入室してきたのは、婚約者たる担任教師だった。

 みんなの視線がそちらに衆目したのをいいことに、僕は教室の後ろの扉から、この場から這い出るように飛び出た。

 なんだ、トイレか? なんて頓狂な教師の声が上がったが、それも振り切る。

 八つ当たりした自分を恥じて、いてもたってもいられなくて、穴があったら本当に入りたいぐらいだ。そして、その穴にずっと居座り続けたいぐらいだった。

 僕は一度も早足を止めずに、帰路へ就いた。


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