第34羽 俺が心苦しいのは――。
「樫野,笠間クロエはどうなったのかな?」
「説得に応じたよ。これからは何も手をださねぇらしい」
俺は報告をそのまま答える。
生徒指導室に呼び出されたと思ったら,労いもなしに成果の確認か。
ようやく念願かなって,さしもの冷静沈着な理事長も興奮状態。ぎらついた瞳は,欲望の色を孕んでいる。
「あんな子どもになにかできるとは思わないが,悪の芽は一つ残らず摘み取らなければ。手を抜いて寝首を掻かれたなんてなれば,酒の肴にもならないからね」
胸の内では笠間クロエが,危険人物であるとは認めているだろう。
だが,それを口に出すことで士気が下がることを未然に防いでいるといったところか。
あの女は稲荷神社の娘。
この島の人口比率は圧倒的に高齢者であり,彼らが縋るのは必然的に神仏の類。笠間クロエが積極的に動き出すとするならば,大挙として抵抗の旗を掲げることが危ぶまれる。
「どうやって説得できたのか……とは,いつも通り聞いても答えてくれないのかな?」
「教える義理はねぇだろ。それにどんなやり方を使ったなんかなんて,俺は言いたくない。……心苦しいよ,やっぱりな」
鳩のようにくくッと笑われた。
「……心苦しいか。すまない。そんな心無い言葉を君が吐くとは思わなくてね」
そんなつもりはないが,あまり表情筋が動かないせいで心無いとは他人によく言われる台詞だ。
「それなら,登坂君をがこうなるように誘導したのも心苦しいのかな?」
「……それはべつに。アイツの自業自得ってやつじゃなぇのかな」
完璧に操れたわけじゃない。
ただ資料にある人物像から,多少のパターンを割り出しただけだ。
複雑怪奇に思える人間も,データの統計からある程度どういう心理行動にでるかぐらいは把握できるものだ。
それに則って,上司のご注文通りに登坂を料理しただけのことだ。
「……咲乃はどうするんだ?」
「転校させるよ。もっともこの島の高校ではなくて,島の外の高校にね。寮も完備してあって,それでいて卒業すれば多少の箔はつく,霊堂学園にでもしようと思っているよ」
「……そうか」
殊更感慨深いわけでもない。
が,長い付き合いのよしみだ。
たまには書いてやろうかと思っている,手紙の連絡先ぐらいは知っておいたほうがいいと思っただけだ。




