第33羽 助けられました。
「罪を被せるなんて人聞きが悪いよ。私が万引きしたわけでもないし、防犯カメラに記録されていたのはとても妹に似ていたんだ。犯罪者を生み出さないためのシステムを批判する人間なら、そんな行動にでてもおかしくないだろ?」
僕は怒りのあまり言葉が出なかった。
「君は……私の妹をどれほど知っているつもりでいるのかな? 妹のことは私が一番熟知しているつもりだよ。私の妹ならやりかねないと、そう断言できる。……出来損ないのクズなんだよ、私の妹は。本当にデキが悪い妹でね、恥ずかしながらこんな事態を――」
理事長と僕の間にあったガラスのテーブルに右手をついて、左手は胸ぐらを掴んでいた。
掴まれた理事長はあまり動揺していない。
それが更に感情を掻き立てる。
隣りで柳生は立ち上がって、制止しようと「やめて……」と掠れた声で言ってくる。
だけど、だけど、
「あんた、柳生と兄妹なんだろ? ……なあ、だったら……あんたが兄なら……妹のことを守ってやろうとは思わないのかよ……」
なんでなんだ。
なんで、柳生のことをそこまで目の敵にするんだよ。
兄は妹を助けられるように、先に年齢を積み重ねているんじゃないのか。
「なんでって……。君は親族だからって、差別してもいいと思っているのかな?」
差別はいけないよ、差別は、と理事長は柳眉を顰める。
「むしろ血縁関係にあるからこそ、邪魔建てするのなら徹底して排除すべきだと思うけどね。それが兄としての当然の責務だとは――」
気がつくと、柳生の小さい悲鳴とともに、僕は理事長のシャツから手を離していた。
殴打音と共に少しばかり吹き飛んだと思ったが、理事長は涼しい顔をしている。
「……ふん。どうやら資料に記載してあった通り、兄妹の話になると血相を変えるみたいだね。でも、ここまでスムーズにことが運ぶのも、あまり面白くはないもんだね」
そんなことまで言ってくる。
面白そうに表情を緩めながら、やおら立ち上がる。
「登坂くん、どうしようかな? 今の君の行動は立派な暴行罪にあたるよ? 私はこのまま警察に届けていもいいけど、実に、実にそれは心苦しい。理事長として一生徒を犯罪者にしたくない」
グッともう一度どうにかしてしまいたい衝動を、湧き上がる前に抑え込む。
挑発的ないい口は、罠にしか思えない。
「今可愛い妹に反抗されていて、私も気が立ってしまっている。普段の私だったら、彼を犯罪者にしないように自制できるのだけど、どうしたものかな? 今彼を救える人間は、たった一人しかいないような気がするんだが、一体それは誰なのかな?」
なんだ?
一体なにを言いたいのか、遠まわしな物言いでつかめない。
すると。
僕の横合いから。
ずっと黙っていた柳生が、
「……すいませんでした、兄さん。……私が……間違っていました」
絶望したような声色が、鼓膜を微細に振動させる。
なにかが音を立てて崩れたような気がした。
視覚が横滑りになって、頭が真っ白になる。
僕は……いったい、なにをしてしまったんだ?
「僕の妹がようやく反抗期から抜け出してくれたみたいだ。これも、登坂くんのお蔭だよ。兄として礼を言わないといけないな。……ありがとう、登坂くん」
ま……さ…………か。
……僕……を……守るため……に?
僕を…………庇って……こんな…………。
「大丈夫、妹を本当に犯罪者にしてしまったら、私の家にも傷がつくからそんなことはしないよ。そうだな、とりあえず今の学校から転校させて頭を冷やしてもらおうか。別に永遠の別れというわけでもないし、二人とも安心してくれ給え。金銭面ではしっかりと私が責任をもって不自由ないようにしよう」
飄々となんのつっかかりもなく、すらすらと言う理事長は冷笑を浮かべている。
ここで激情にまかせて、また暴言や暴行に至ればそれこそ立場が悪くなる。
庇い立てしてくれた、柳生の想いをふいにすることになる。
なにをやっているのかな……僕は?
助けようとした人間に、逆に助けられて、僕は……。
――僕はまた、けっきょくなにもできなかった。




