第29羽 泣きそうになりながら、
空き教室に連行された僕は、安っぽいパイプ椅子に深く尻を落ち着かせる。
会議室として利用されそうで、四つの長机が四角型を形成している。ちょっと距離のある対面方式だけど、万が一にも他人に話を聞かれるわけにはいけないらしい。
樫野先輩は座ると、
「単刀直入に言うが、話っていうのは柳生咲乃のことだ。あいつは今犯罪者として裁かれようとしている。最低でも停学、下手すれば退学させられるかも知れねぇ」
「犯罪者?」
冗談にしてはタイミングが悪い。
エイプリルフールにしても一ヶ月遅れだ。
咄嗟のことでうまく回転しない、愚鈍な自分の頭に苛立ちすら覚える。
「柳生咲乃はコンビニの万引きした嫌疑がかけられているんだよ。防犯カメラにうちの制服が写っていたらしい。顔は写っていなかったが、体型や特徴はアイツだったらしい。実は学校にも警察が来たんだよ。マスコミがこぞって食らいつかないように、目立たないようにらしいがなあ」
「……それだけで、犯人扱いですか?」
「以前三人でファミレスにいたらしいな。お前らが解散した時間のあとすぐに現場で万引きの犯行が行われた。アイツが帰り道のついでに実行したなら、犯行時間はぴったり一致するんだよ」
「……だから、それだけで犯人に仕立て上げるのかって聞いているんですよ」
金属と床とが擦れる嫌な音が、個室に響く。
反駁を胸中に秘めながら、毅然たる態度を持って立ち上がって机を叩く。バァン、と小気味いい机を叩く音で威嚇してやろうと、僕は小癪にも画策していた。
が、不慣れな行動に心はついてきても、体は即座には対応しなかったらしい。
机の端に右手の指先が引っかかって、ぐにゃりと変な方向に曲がってしまった。突き指の如く手傷を負ってしまった僕は、「こぉおおお」と口を窄めながら必死で落涙しないよう耐える。鼻先がヒクヒクしながらも、「痛い」とは意地でも口に出さない。
目の端に湿っぽいものを蓄えながら、ようやく視線を向けると樫野先輩は憐憫の表情を浮かべていた。
「ああ、そうだが?」
「……はい、すいません」
一瞬の煌きを誇ってから、すぐに喪失してしまうのが僕という男です。
名誉の勲章である右手を背中に隠しながら座りなおす。
というか気を遣って先刻の失敗を触れないでくれるのは有難い。有難いけれど、ちょっとだけ悲しかったのは言うまでもない。
樫野先輩は、場を仕切り直すようなため息とともに、
「冤罪ってのは分かりきっているさ。あいつがそんなことをしねぇっていうのは俺が一番よく知っている」
「だったら、なんで助けようとしないんですか?」
「あいつ自身がそれを望んでいないからだ。お前だって言われたんじゃねぇのか? 『助けないで欲しい』とか、『私一人でなんとかします』みたいなことをなあ。あいつはあいつの矜持を持って行動しているんだよ。多分、あいつの兄貴もな」
「でも、だからってそんな、理事長の横暴が容認されるわけないですよね?」
僕は釈然とせずに頭を振る。
いくら理事長という立場を利用しても、罪なき個人を社会的に貶めることはこの法治国家では不可能。ヒエラルキーの上層部にいる人間が、弱い庶民を守る強い人間がそんなに愚かじゃないはずだ。たった一人の人間に操られるほど、この国は甘くはない。
「それができるからこういう事態に陥っている。あいつの父親は大企業の社長で、様々な中小企業の株主、出資者でもある。SNSをフロントに、サイト運用でのアフィリエイトや、市場の地域格差を利用した転売も副収入で稼いで今の地位に坐しているといわれているが、それも噂の範疇だよ」
どうしようもなく唇がわなめく。
普段から鈍重で弱腰な僕は、思考が追いつかない。




