第23羽 技をかけました。
「登坂優姫。みんなからは土佐犬なんていう愛称で呼ばれている。それで? お前はなにやってるんだ?」
ロシア人の血が混ざっているからと聞き及んでいたから、髪の色は銀髪だとばかり思っていたけれど、綺麗なブロンド髪が垂れていた。瞳の色は深い蒼色をしていて、お互いの目線が平行線で重なる。引き込まれるような美貌と、瞬刻も揺るがない双眸に蹈鞴を踏む。
ずっと眺めていると全てをあけすけに、白日に晒されるような、そんな澄み切った空のような瞳をしていた。
「………………」
ぶつぶつと何かしらの言葉を発しているが、舌で転がすだけで耳には届かない。
「なんだって?」
なにやら恥ずかしげに羞恥を帯びた顔色をしている彼女は、もういいかっ、と開き直ったかのように両腕を限界まで引き伸ばしてぽつりと呟く。
「おろしてください」
「…………………」
今度はこっちが黙る番だった。
聞き間違いだったかもしれない。
「いや、勘違いしないで欲しいのだが、決しておマヌケな行動の果てにこうした自体に陥っているわけじゃない。いつもとは違った場所ならば違った角度で考えが浮かぶと、そう思い、木の上で高尚な思想に耽っていただけだ。あと、一つ付け加えるなら私には腹筋がなくて自力で起き上がるのは難しいようだ」
「あー、だいたい分かった」
この島にはまとまな人間はいないってことが。
「おい、お前。その顔、全然わかってないだろ! 私の言うことを信じていないなっ! いいか、この私にそんな態度をとっていいのは白鷺ぐらいなもんだぞ!」
喚き散らしながらブンブン手を回してきて、助けるのが面倒くさくなってきた。
「はいはい、もういいから。とにかく僕の身体に掴まれ」
僕も両手を広げて、彼女の肢体に掴まる。
大木が横っぴろげに枝分かれしていたお蔭で登りやすかったらしいが、このぐらいの高低差なら自力で降りてもいいぐらいだが、やっぱりそれは怖いらしい。
「くそぅ、屈辱だ。男如きにこんな恥辱を……」
「おい、どこ触ってんだ!?」
さわさわと胸元やら脇腹あたりを触られて、たまらず声を上げる。右、もうちょい右。違う、もっと左とかいう指示を受けながらこちらも身体を支えるために手を伸ばす。
「そっちこそ、変なとこ触るなっ、この変態!!」
「仕方ないだろ!? こうでもしないとバランスが!!」
文句ばっかりなマグロが、「いくぞ、今からいくぞ」とか言いながら足の力を抜くのを見やる。ふっと、マグロの足が木から離れると、そのまま重力と体重の負荷が腕にかかる。力を込めるために口を閉じて鼻息を荒くしながらなんとか受け止めきると、
「…………なにを?」
後ろから不意に声をかけられる。
瞬時に、今の状況を客観的視点で思い浮かべる。
女性の足首を掴んでその股に顔面を通しながら、ハァ、ンハァと吐息を漏らしている変態がいた。
誰かということは、言わずもがなだった。
「ちょ、違うんですっ! ……あっ」
動揺した僕は足のバランスを崩して、持っていたマグロを頭から地面に叩きつけてしまった。奇しくもプロレスのブレインバスターのように、技が極まってしまった。
げふぅと、およそ可憐な女性が口走るとは思えない言葉を吐いて、マグロは失神してしまった。女の子に取り返しのつかないことをしてしまった気がするが、まずは言い訳しなければならない相手がいる。振り返って、なるべく愛想良い苦笑いを浮かべる。
「ああ、えっと、どうも半日ぶりかな? 柳生咲乃さん」




