第20羽 二人きりになって、
昇降口まで降りると、流石に帰宅する人たちで溢れてきた。先生の後ろにぴったり着いて行く僕を、何か悪事を引き起こした問題児を見るかのように周りが見ている気がする。
「裏口から出るから、靴を持ってきたまえよ」
抑揚のない声で指令を下して待ちの姿勢。
脱兎のごとく先生を置いて学校を去りたいところだが、そういうわけもいかないので靴箱から、安売りしていた運動靴を取り出して待っている先生の元に行くと、誰かと話していた。同じ立場の教員というよりは、どこかへりくだった担任教師の態度から鑑みるに、教頭とか校長とかちょっと偉い人のようだった。
もしくは万に一つの可能性もないが、相手は男性なので恋仲なのかも知れない。
頬が削げ落ちていて、すらりとした長身。スーツ姿の理想的な体型をしている彼の横顔は、精悍に満ちていて高らかな野望を持つかのように活力に満ち満ちている。そのせいか、年齢もさほど大差ないように見えて、仕事のできる新鋭といった風情。
すれ違いざまにこっそりと盗み見ると、役所で色々お世話をしてくれた人に似ていた。二、三度チラ見して確信したが、やはり顔見知りだった。相手はこちらを記憶しいてる確証もないので気軽に声は掛けなかったが、この島の狭さを実感した。
話がしやすいように、歩き出した先生の隣に追いつく。
「あの、さっきの人は?」
「ん、ああ。この学校の理事長」
「そ、そんなに偉い人だったんですか……」
その地位にいる人間にしては若すぎる。
先生に挨拶をしてくる生徒達の間を縫いながら、靴下でペタペタ音を立てて廊下を歩くのが不格好なのが気になった。ずっこけてしまわないように、すいすい氷面を滑るように極力足を上げずに進んでいく。
「偉いのは彼の父親だよ」
ふん、とあまりいい印象を持っているとは言えない口調。
「彼にはあまり粗相がないようにな。目をつけられれば、謝ってすむレベルの問題ではなくなる」
「あっはは。そうですかー、以後気をつけまーす」
既に手遅れです、はい。
たまたまポケットに入っていた賞味期限切れのお菓子を、いらないからといって手渡したからな。完全に怒らせてしまっているに違いないけれど、もう関わることもないだろう。
生徒たちの靴箱よりしっかりしている靴箱からヒールを取り出す。これが噂の靴だとしたら面白いな。僕も靴を放り投げると思ったよりも勢いがあって、その場に転がってしまう。
靴下から伝わるひんやりとした感覚を味わいながら、少しでも汚れないようにつま先だちになりながら、此方に飛んだ靴を履く。
「ちなみにこの島の大規模なボランティア団体の創始者でもある」
んー。でっ、すよねー。
人生そんなにうまくいかないことは分かりきってたけど、こうして人と人は繋がっているんですね、分かります。こんな小物の顔なんて雑務の中で埋もれるに違いない。というかそうでないと僕が困る。
砂利の敷き詰められている駐車場を突き進んでいると、ふいに先生が立ち止まる。遠隔操作で施錠を解くと、すっと乗り込む。
「乗っていいぞ」
「あ……はい」
可愛らしい相貌の軽自動車は日本製で、車道でもよく見られるポピュラーな車種。ベーシックに黒塗りな車なのだが、なぜかあちこちが傷だらけ。黒い車種のせいで、ガードレールに擦った跡が目立っている。そのまま助手席に座ると、本当に地獄に行くかもしれない車が発進する。
予想に反してスムーズに車道を走っていったので、ふぅとため息一つ零した。夕方だというのにラッシュアワーの心配はなく、すいすい進んでいくのは田舎の良さだろうか。にも関わらず気まずいのは、この車内の無言の圧力みたいなもの。
話しかけないといかない気がするけれど、話題が見つからずに相手待ち。せめて音楽でも流してくれればBGMになってギシギシした場は緩和するし、この歌手知ってます、いいですよねー、みたいな安易な話を繰り広げることができるのに。
すると、隣の運転席でなにやら黙考しているように口をつぐんでいた先生が、ようやく話しかけてくれた。
「やっと……二人きりになれたな」
「は、はい?」




