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ふぁみりーチキン  作者: 魔桜
~prologue~
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第1羽 契りを交わしました。

 僕は婚約した。

 まったくもって自慢じゃないが,容貌の劣等感と共に十六年生きてきた僕にしては,その事実だけを抜き取ってしまえば偉業としか形容しようがない。

 邂逅したばかりで婚約の契りを交わした女性は、すぐ隣にいて顔の距離が近い。端正な顔立ちは間違いなく美人の枠に入っていて、直視ができない。そのぐらい今まで女性に縁がなかったのが恥ずかしくて、それを悟られないがためになんとか平静を装って海を見やる。

 ここは海面に浮かぶフェリーの甲板。

 あたり一面海で特筆すべきものはなにもないが、夜景が眺望できる場所での婚約は,財布事情の厳しい高校生にとっては中々のものではないかと自画自賛してみる。

 どうかなと婚約者に同意を求めて向き直る。

 彼女が口開く前に、突然の風が邪魔をする。

 夜露に濡れそぼった滑らかな長髪は、夜風に掻き乱されてモロに僕の顔面を叩く。流石にそのまま叩かれているわけにもいけないので、彼女の髪を押しのける。髪は潮風でべたついているが、シャンプーによるものなのか、甘美な匂いが鼻腔を擽った。

 なんで僕はこんな場所で女性の髪と格闘することになったのか、事の経緯を回帰する。

 長時間狭い船内で暇をつぶすのも退屈だったので,新天地への希望を膨らませて風に当たろうと船内を出たのが運のつきだった。

 絡み酒の酔っ払いに捕獲されてから小一時間ずっと,聞きたくもない愚痴を呪詛のように耳元で囁かれた。

 曰く、早く婚約相手を見つけなければ親が五月蝿い。

 曰く、結婚式に呼ばれる度に、みんなが気を使って自分にブーケを取らせようとしてくる。

 曰く、家に話し相手がいないせいで、家電がお友達で話し相手らしい。

 そうやって拷問のように耳の穴にアルコール度数の高い熱い吐息を,何度何度も吹かれた。僕のような健全な高校生が籠絡されてしまうのは,きっと仕方がなかったことなんだと思う。

 強制的に僕から自我意識を抽出させると,婚約志願の言葉を引き出された。

 そのままなし崩し的に彼女と談話する次第になったのだけど,泥酔している彼女の独り言はもはや自慰行為。正常な返答すらできていない。相手もこちらの真っ当な言葉は期待していないだろう。

 適当な相槌を打つだけで相手が満足するというなら,当初の目的だった過多な妄想に耽るのにはうってつけだった。

 今後お世話になる家宅には,大学生である従姉の一人だけで日々暮らしているらしい。

 家庭内による僕の両親は冷戦状態。緊急避難場所としては,破格の待遇だ。新たな場所での生活に対する不安と高揚感が,ほどよく混ざり合って心は上昇気流に乗っかっている。

 手すりに寄りかかりながら,とうとう寝息を立て始めやがった酔いどれ女を介抱しながら,遠近法で巨大化してきた島のご尊顔を拝見する。

 海水を呑み込み同化した塩分濃度高めな微風に瞼を瞬かせながら,裾に付着した酒臭いヨダレを見てため息をつく。紳士な発言をするならば,今の僕の状態は決して軽くはない体重により微細な動きすらとれない。

 ……とにかく、この人から早く解放されたい。

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