第17羽 唾を吐かれました。
すると、ススキが何を思ったのかキョロキョロと誰かを探すかのように辺りを見渡し始めた。
……まさか。
「ああ、優ちゃん。こっち来てっ! ちょっと二人を紹介するから」
「うっ……わ」
見つかってしまった。
頭まで掲げた鞄を盾にして、完全にカメレオンのようにクラスの風景の一部として溶け込んでいたはずなのに。
「……優……ちゃん?」
ポニテ少女から道端に落ちているゴミを見るような、氷点下な目線をあてられる。
その名称で呼んでいるのは僕じゃないのに,飛び火がとんでくる。
「こちらが新しく入団した、登坂優姫くん。優ちゃんって呼んであげてっ!」
固まった表情で「ぅえ……マヂで……? それ、言わせてるの? 私もそんな恥ずかしい呼び名で呼ばないといけないの?」と微妙に呻く平坦な表情の彼女の目を直視できない。
ススキが仲介役として、最早断絶された同然の人間関係の架け橋をかってでる。会話が始まってすらいないのに,第一印象は最低ランクだろう。
「そして、こっちの天真爛漫な方が妹の花咲せんりちゃんで、こっちの落ち着いた雰囲気の方がお姉ちゃんの花咲ゆうりちゃん。性格はけっこう違うけど、見たとおり双子の姉妹なんスよ」
一卵性双生児というやつか。
たしかに容姿はぴったり重なるけれど、作っている表情に相違があり過ぎて、案外どちらがどっちかという判断には困りそうにはない。
「よろしくお願いしますね、優ちゃんさん!」
「…………ハァ」
二人とも片方の手は手を繋いでいる状態。
妹のせんりちゃんは、持っていたお菓子を近くの机に置いて挨拶である握手をしてくれた。姉のゆうりちゃんは何も持っていないにも関わらず、汚れた人間を見るような視線のままだ。「ちょっと,お姉ちゃん?」と軽い感じで妹に咎められ,姉は顔を顰めながら,
「……よろしくお願いします」
どこかぎこちなさを感じながらも、多少の態度の悪さも見た目が子どもなので許せてしまう。
それでも姉の言動で僕が気分を害したと思ったのか、妹の方が気をつかってか、話しかけてきてくれた。
「私たちもですけど、実はススキさんも双子ですからね」
「ちょっと、せんりちゃんっ! それっ――は、優ちゃんには言わなくてもいいっスよ」
ススキが知られたくなかったことを言われたかのように、歯切れ悪く狼狽する。
「べつにいいじゃないですか。あんなにカッコイイお兄さんなんですからっ!」
「見た目が良くても、あたし以上に頭が空っぽだから、思い出したくないんスよね。よかったら、せんりちゃん持って行ってもいいスよ」
「えー、そうですかねー。……でもお兄さんには、心に決めている人がいるらしいですから遠慮しておきます」
なにやら桃色の話で盛り上がってきた、ススキとせんりちゃんに蹈鞴を踏む。どこか絆が深い浅いというよりは、男が割り込みづらい空気を醸し出され、黙り込んで嘆息する。
と、ゆうりちゃんとのため息と偶然にもハモってしまった。
意外にこの子とは波長が合うかもしれない。
「…………ペッ」
同族意識を込めた目線を容易く外され、唾を吐くかのような仕草で一蹴された。
だけど平気だ。
容貌は幼女だから多少のことは水に流せる。
いや、性癖に欠陥があるとかそういう意味ではなくて、保護欲をそそられるというか、その、小学生相手に本気で喧嘩の売り買いをしないのと同じだ。
「そういえば、優ちゃんは兄弟とか姉妹とかいないスか?」
くるりとこちらをむくススキに、僕はどう答えようか逡巡するが、結局は事実だけを語ることにした。
「………………妹がいたよ」
「いた? いたって――」
「まあ、今はその、離れ離れになったからな」
「ああ、そうスね。こっちに転校してきたんスもんね、優ちゃんは」
教室が足音やら戸惑いの声で騒がしくなって,みんなの視線が引き戸付近に集まる。
担任教師が教室に入ってきたからのようだ。
「それじゃあ、また休み時間にでも話しましょうか」
せんりちゃんの言葉を皮切りに、僕らは先生に怒られる前に四方に散った。
だけど,まあ,それっきり、僕の妹の話はしなかった。