第16羽 子どもと話して、
「そっか、あたし達以外にも友達できたんだ。……よかった」
ススキは、寂寥の余韻を含ませながら独りごちる。
そっと,床に置いてあった紙袋を持ち上げると、階段を上っていく。
両脇に抱えている大荷物を運ぶ手伝いを志願したいが、やんわりと断られたらこちらの立つ瀬がなくなるので、無言で跡を追う。
「そっちはどういう知り合いなんだ?」
「ん、んー?」
どこまで情報公開していいのか思い悩んでいるように、唇に人差し指を当てながら小首をかしげる。というか,当てようとしたのだろう。荷物が思いの外重かったらしく,不完全な持ち上がりになった。プルプル二の腕が震えているのは,ススキのためにも見なかったことにしておいた。
「昔からの、そうっ、幼馴染ってやつッスかね。あたしと、さくのんと、カッシー。それから……先生の四人はずっと、ずっと一緒だった」
髪を揺らして俯き加減が随分なものになっていたので、横に並んで表情をずいっと窺おうとすると、小走りになって階段を駆け上がる。
それがなんだか,悲しかった。いや,いきなり走りたくなっただけかも。
だが,それにしても、可愛らしいカッシーっていう別名は、あの恐怖の権化である樫野先輩のことだろうか。
ほいっと,と言って階段を登り切って下にいる僕に視線を合わせる。彼女の顔はいつも通りに柔らかかった。
「そーいえば、昇降口に貼ってあったクラス表見たんだけど、優ちゃんとあたしって同じクラスだった気がするっ!」
「……あー、そういえばちゃんと目を通してなかったんだった。今からでも見てこようかな」
とか言いながら,ほんとうはススキから離れたかっただけ。
なんというか,別に嫌いとかじゃないんだけど,なんだか僕とは違いすぎる気がする。
月とすっぽんといえばいいだろうか。
優しすぎる人がこうやって何の憂いもなく絡んでこられると,それを拒みたくなる。逃げたくなる。だって,自分の中に踏み込んでほしくないから。空虚な僕を知った彼女に,失望されるのがなにより怖い。
こんな起きてもいないことに考えを巡らすやつなんて,他にいないだろうな。
杞憂すぎる。
でも,そんなしょうもない僕に陽気に笑いかけてくれる彼女には,やっぱり救われているという気持ちがあるんだ。まあ,矛盾しているってのはわかっているんだけどね。
「ううん、何度もあたしが確かめたから大丈夫っ! 三組には、さくのんや、次期生徒会長の大本命な愛華ちゃんや、美術部の問題児カタヤンがいて楽しそうなんスよねっー! でもまあ,あっちも面白そうだったんスけど、担任教師含めてあたし達の一組もなかなか負けてないみたいっスよ」
ガラリとススキが教室のドアを開くと、まばらな人影がぽつぽつと立っている。
新しいクラスの席が分からないようで、先生が場所指定するまでは適当に座るしかないらしい。
椅子取りゲームをしているかのような、異様な牽制がちらほら感じる。
新参者がいきなり席に座るような大胆行動をとって、変に目立ちたくないので、壁際に寄りかかる。ポケットに手を入れたいが,それじゃあ調子に乗っているとも受け取られかねない。ぶらぶらと手持ち無沙汰になりながら,ぼんやりとしてると,
「ゆうちゃんと、せんちゃんにも、はいっ! カッシーの和菓子屋さんでの売れ残りだから、遠慮しなくていいッスよ」
あっ,それって売れ残りだったんだな。ちょっとショック。
ススキがてこてこと歩いて行って、連れ添って立っていた二人の少女にまたもや紙袋の中身を手渡していた。
……というか、少女としか形容できないような小柄な女の子達。高校生というよりは、子ども料金で映画鑑賞できる年齢の幼児だと言われたほうがよっぽど説得力があった。だが、ここにいる以上高校生なのだろう。
「うわあ、お菓子だー。いつもありがとうございますっ、ススキさん!」
「……余り物。早く食べないと」
同じ身長で手を繋いで並ぶ姿を見ると、二人の仲睦まじさが滲んでくる。
快活よく返答して、包みものを受け取った方の女の子は、髪を両側で縛っていて性格は陽気そうだ。体の全ての輪郭がほとんど曲線を描いていて、ぷにぷにしている。頬っぺたをつねってみたくなるような可愛さを持っていて、まるで妖精のような神秘さを持っている。
もう一方の無愛想な女の子は、元々の髪が短すぎて立派なものが作れないのか、申し訳程度のポニーテール。常時眉を顰めているようで、どこかバリアを張っているように見える。口を尖らせていて不満を抱えていそうだが、隣にいる女の子のお蔭であまり表情の厳しさは気にならない。