第12羽 密室で、
他人の家の姉上に追従すると、そのまま客間に案内される。
「それじゃあ、ワタクシはお茶と和菓子を用意しますから、あとは弟の話を聞いてやってくださいね。あの子、珍しく他人に興味を持ったみたいですだから」
そっと襖を開けてもらい、畳に足をつけて畳の感触を確かめていたら退路を絶たれた。キッチリと締められた襖が気にはなるが、中央にどっしり構えている弟さんが睨みを効かせていて視線が固定されてしまう。
「どこでもいいから座っていいぞ」
顎をしゃくる樫野先輩は、目つきが鋭く三白眼。
崩した足や風格からは喧嘩腰にも思えて、どこか虫の居所が悪そう。大雑把に切り揃えられた短髪が動いていると思ったら、棒立ちの僕にしびれを切らしたのか、貧乏ゆすりをし始めていた。怖すぎる。どう考えても、僕がここにいるのは場違い過ぎる。
部屋の角が居心地良さそうだが、激怒されそうなので無難に正面に正座する。
「ちっ……おいっ!」
「は、はい」
「楽にしていいぞ。客人はいちいち、気ぃ遣わなくていいんだからよ」
「はい、分かりました」
部屋には机すらおいておらず、無駄を一切失くしたような茶室のようだ。先ほどまでの弛緩していた空気とは別離しているような、肌を切るようなシリアスさが落ち着かない。早く日常の、波佐見家に帰りたい。
あー、んーと、なんだ、と樫野さん家の長男さんは言葉を区切りながらも会話の端緒を広げ始める。
「ウチの馬鹿が、随分と世話になったな」
「えーと、なんのことですか?」
「ススキのことだよ。そのぐらい分かんだろ?」
一つ年齢が上というだけでは説明のつかない威圧にたじろぐ。膝を覆っていた両腕を離して、手のひらを後ろにつく。
樫野先輩は、こちらの返答を期待せずに話をつづける。
「あいつから聞いているかは知らねぇが、今でこそ、この島民の大多数の人間が参加しているボランティア団体があるのは知ってるな? 知ってんだろ? まあその初期メンバーの俺と、アイツと、もう一人の女と、先生は昔からの顔なじみなんだ」
腰を浮かせたので殴打されるかと危惧し、防御体制に入るが、そのまま先輩は礼節に重んじるように足を後ろで組む。それから信じられないぐらい穏やかな顔になる。
「だから、アイツを助けるために川に飛び込んでくれたことは、俺が代わって礼を言う。――ほんとうに、ありがとう」
両手を畳に押し付けた平伏姿勢。
懐から脇差を取り出す可能性があるので、即座に後ろに飛びされるように踵に力を込める。
「そんないいですよ。僕はなにもできなかったわけですし」
「それでもウチの人間が迷惑をかけたのは事実。団体の失態に頭を下げるのは上の人間の役目だ。あの馬鹿のために身命を賭けてくれたこと、団体の長として深く謝罪と礼を申し上げる。アイツのために色々と尽くしてくれて――すまん」
「いや、ほんと、顔を上げてください」
ススキは落し物の依頼で川に潜っていて、実は一切溺れていなかった。
むしろ勇み足で飛び込んだ僕が救助された側であって、かなりカッコ悪い男に成り下がっている。年上に土下座されてまで謝辞の念を言われると、心苦しいことこの上ない。これ以上僕を辱めないで欲しい。
「だが、こうでもしなければ俺にも面子というものがある。こんな俺にできる限りのことはやらせて欲しいんだ」
「いえ、ほんとっ、お気持ちは伝わりましたから」