第11羽 下着を握られ、
中の様子を伺いづらい擦りガラス越しに、ススキがシャワーを浴びる音に聞き耳を立てる。まだ初春で水温低い川に長時間肢体を浸からせていたので、体調をこじらせないか心配。
こうやって覗き犯の汚名を代償だとしても、彼女の健康状態をチェックできるというならばそれも致し方ない。甘んじて受け止め、こうして――
「お着替えしましたか? 登坂さん」
「うわぉう!」
後ろから不意に掛けられた声に飛び上がる。
「は、はい。ちょうどぴったりみたいです。……って、なんで僕のパンツを?」
眩いばかりの大和撫子な美女が、僕のパンツを「素手で」握っていた。
「今からお洗濯させてもらいますのですが、ワタクシごときが触ってしまってはいけなかったでしょうか?」
「パンツがびしょ濡れになってしまったので、それは非常に助かるんですが、その、ちょっと、やっぱり、恥ずかしいのですが……」
「お気になさらないでください。いつも弟の下着を洗濯しているのはワタクシですので、男物の下着を汚いとは思っていませんよ。安心して全てをワタクシに委ねてくださいね」
なんか、もう、生きててすいません。
着慣れているような和服の袖を揺らしながら、僕の服とともにススキの服もいっしょにして洗濯機を回しだす。
脳内ハードディスクに肢体を保存するよりかは、下着を確保していたほうが実用的だったかと、本気で猛省するフリをする。あくまで、フリです、フリ。
「似合ってますね、その着物。やっぱりこの店の正装なんですか?」
「ええ、そうです。花柄が飾り立ててあるのが恥ずかしいのですが、ワタクシの家の経営している和菓子店では浴衣を着用しています」
恥じらいながらも、淡い色合いをしている桜吹雪が、無音で舞っている服を広げて見せてくれる。
後ろ髪は、満開の花が花弁を見せつけるような纏めかた。自己主張しすぎないかんざしをさり気なく一輪挿しにして、彼女の清楚な顔立ちにはよく似合っている。化粧もしていないのに色黒ではなく発光しそうなほどの白肌なのが、和服美人と形容せざるを得ないほどの一因を担っている。
「以前は無地の作務衣だったらしいのですが、華のある格好のほうがお客様が喜ぶということなので、多少動き辛くてもこの浴衣で両親を手伝っております」
伝統ある老舗の和菓子屋にご招待された僕は、当然の家庭訪問とパンツ騒動で恐縮しぱなっしだ。
二階建てで趣のある木造建築のこの家は、表玄関から来店できるのは和菓子店。気楽に入りづらい伝統的で荘厳的な建物を、僕たちはこっそりと裏玄関からこうして住居スペースに入った。
「それよりも、登坂さんもそのジャージよく似合っていますよ」
「そうですか? そう言ってもらえると嬉しいです」
「ええ、お似合いです」
お借りしているとはいえ、女物のジャージを着込んでいる僕にかける言葉とは思えない。
樫野千恵子さんはどこかおっとりしていて、マイペースで暖簾に腕押しのような人だった。
さすがにそれは丁重にお断りしたのだが、登坂さんの服が乾くまで。着てくださらないのなら、他には女性物の浴衣しかありませんよ、と言われたので、千恵子さんのジャージを着ているといった次第だ。
下着がないからスースーして落ち着かない。
布切れな浴衣よりはジャージの方がいいとはいえ、よからぬことをやっているような気がして気が咎める。
「シャワーとか、着替えの準備とか、色々していただいて、ありがとうございました」
「そんな堅いことは言わなくてもいいですよ。ススキのご友人なら、どれだけお世話をしても足りないぐらいです。それよりも、弟もあなたに会いたがっているそうです。よろしければ、ワタクシについて来てくださいませんか」
断り切れるわけもいかなかったし、なによりこちらの有無を聞かずに歩き出してしまったので、ついていかざるを得なかった。




