第10羽 意識を失いました。
そして、帰り道の途中で立ち往生している現在に至る――
橋の下の女の子は自主的に水泳の練習を行っているのか、四肢をばたつかせている。小川の流れは早くて、腕章付いた腕はまるで溺れているように藻掻いている。潜水も兼ねているのか何度も水中から顔を突き出しては、息継ぎをしている。
ああそうだ、これはもう人命救助するしかないってことは分かりきっている。だけど、そういうわけにもいかなくて。
「くそ、このっ――ド田舎、電波通じねーぞ!」
辺境の地には文明の利器も役立たずで、興味本位群がる野次馬どころか人っ子一人周囲には見当たらない。速やかな救助増援の見込みはないから、今は急いで助けを呼ぶために奔走しなければいけない。そうするしかない。
「僕はこう見えても泳げないんだよ」
青白い肌からは想像できないだろうが、運動音痴な僕にとって一番不得手とされる競技が水泳。プールサイドを横断すらできない僕にとって、深度ある川は恐怖の象徴だ。まあ、勉強もできなくてコミュ力もないのだから、いいとこなしなんだけど。
そして、そんな非力で何もできない僕はようやく、ない頭を絞って素晴らしいアイディアを捻り出すことできた。
「逃げるわけじゃない。逃げるわけじゃなくて、これは誰か助けを呼ぶための才気溢れる行動だ」
相手が少しばかり顔見知りであるススキだからといって関係ない。
カナヅチの僕が今ここで助けに駆け出しても、共倒れになるだけで、そんな無駄な犠牲なんて彼女だって望んでいないはずだ。こんなところで命を捨てるような奴は、ただのヒロイズムに浸るナルシストだ。馬鹿の一つ覚えのように自分の正義を振りかざしたところで、人一人ができることなんてたかが知れている。
分相応に人は生きることで、人は人並みの幸福感を得ることができる。そうやってみんな淡々と生きていて、ディテールに循環する生活を送っている。それがあたりまえのことで、マジョリティ。誰だって妥協――納得していることなんだ。
だから。
躊躇なく僕は、息絶えそうなススキのために全速力で走り出した。そう、全ては彼女を助けるためにやっていることなんだ。だけどきっと、僕のこの賢い選択は黒歴史に刻まれることになるだろう。
「――あ、方向間違えた」
体内に埋め込まれている方位磁石が今回は偶然に狂って、川に向かって足が勝手に進みだした。そのまま勢いは失速することなく、無骨な鉄骨の欄干に掛けた足を滑らせて、そのまま数十メートル下の致死の可能性がある水の底へと目掛けてダイブする。
「ああああああああああああ――もうッ――とっべええええええええええええええ!!」
開き直り気味に両手を広げて空を抱きかかえながら、口を愉快に歪ませる。
空気抵抗がシャツをはためかせ、経験したことのないようなアドレナリンが体内に多量に流れる。思考が高揚感に埋め尽くされながら、蒼穹を滑空する。
だけどそんな無敵タイムにも制限時間があって、無様ながらもそのまま落下していく。
走馬灯ってやつだろうか。
とにかく目に見える事象全てがゆったりとスローペースとなって、頭の中では短い人生を振り返っている。短いながらも、この島で出会った人々。誰が一番僕の不幸を悲しんでくれるんだろうか。少なくとも僕の本当の家族の両親よりは、なりたて家族の従姉が悲しんでくれるような気がする。
どんどん過去を遡っていくスピードは上がり、頭が熱暴走するように沸騰し始めた。以前の学校でやってしまったことや、秋月もみじとの邂逅。それから、大切な、本当に大切な、あいつのことを思い出した。記憶の奥底に封印していた、家族のことを。
――そして僕は意識を失った。




