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妄想部的 迷作劇場

*浦島太郎* 丹羽庭子改編

作者: 丹羽庭子

 『昔々ある所に、一人の青年がおったそうな。

  男の名は太郎。

  今日も釣りをしにと海へやってきた太郎は、大亀が子供達に苛められているのを見つけた。

  太郎はそれを助け、海に帰そうとした……が「お礼をさせてください」と甲羅に乗せられ、海の底にある竜宮城へと連れて行かれ――。

  それはそれは美しい乙姫に歓迎を受け、毎日が宴会状態。乙姫とは愛し愛される夫婦になり三年が経過した。

  毎日は楽しい。楽しいが、せめて郷里の父母に結婚の報告に行きたいと言うと、乙姫は悲しい顔をしながら一つの箱を差し出した。

  「これは玉手箱です。でも、決して開けないでください」、と。

  太郎は再び大亀の背に乗り、地元の懐かしい波打ち際へと連れてかれた。

  しかしそこには、太郎の知っている人も村も風景も、何もかもが変わっていたのだった。

  道行く村人に尋ねると、なんと太郎の知る時代から三百年もの時が経過していた。

  自暴自棄になった太郎は乙姫から渡された玉手箱なるものを、言いつけを破り、開けると――。

  中からは煙が立ち上り、それを浴びた太郎は一気に三百年の歳を取った。


  ――そして、太郎は砂になり、消えてしまった』



 うん。ここまで俺知ってる。

 

 知ってるよ、チョー知ってる。これ絵本とかそんな感じので聞いたし読んだし。つーかなんで俺、今更な物語復唱されてるわけ?

 砂地の上で胡坐をかいて、目の前の……カメをみる。いやほんとカメなんだよ。カメそのもの。産卵するとき涙流す的なアイツ。

 俺もさ、どうかしてるんだよ。何でこうさ、話聞いてやんなきゃいけないのかって。そもそも聞くいわれないし、もっと遡っていえば……カメ、ふつー喋らねーよな? いいのか、カメ。そんな無防備にしててさ。俺と喋っている所見られたらどうすんだ。ていうか俺、写メ撮って何らかのテレビ番組とか応募するよ? つーか、お前売るよ?


 「あなた、聞いているんですカメ? ここからが大事カメ!」


 うっわ、うぜー!

 語尾に自分の姿形ていうか固有名詞入れるって邪魔くさくね? ていうかこれ毎回付けられるの?


 「そのカメカメ最後に言うのやめたら聞く」


 「ええええ」


 カメの名はクドーといった。カメなのに人間ぽい名前なんだなと、変に感心した。

 そのカメ……もういいじゃんかな、名前なんてどうでも。カメは居住まいを直し(?)俺に向き直った。


 「ですから、私と一緒に来て下さいカメ」


 「断る」


 「えええええ」


 「胡散臭い」


 「ええええええ」


 驚いてひっくり返りそうなカメを胡乱な目で見つめる俺の脳裏には、どうしてこうなった、と後悔していた。



***** 



 「……」


 「……だから……」


 いつものように海を散歩していた俺の耳に、飛び込んできたのは二人の女の声だった。

 

 「いじゃえばいい……て?」


 「うん。斧地下ちゃんはさ、その……ね?」

 

 「気を使わせてごめんて。もうズバッと言ってくれていいよもう貧乳キャラで」


 「あぁぁ……だからさ、大亀の甲羅がソレに利くって何かで読んだのよ。鶏のコラーゲンと一緒に煮込めば良いエキスが出るって」


 「ちょ! それ早く言ってよもう! るりんたら意地悪ー」


 ……変わった名前の二人は、どうやら砂浜に打ち上げられひっくり返ったカメの処分内容について話し合っているようだ。


 「じゃあ凝るりん、この中身はどうするか」


 「肉質的に大きいから筋張って美味しくないかもしれないけど……精力剤として売りつけようかしら」


 「ちょ、ナニソレ売れるの?!」

 

 「ふふ……筋肉下僕に精力注入☆」


 「キャー! ステキ凝るりんー!」


 あんまりな内容に、柄にもなく俺はカメを助ける気になったのだ。正直な所このカメは……知っているんだ、俺。


 穏便な内容といえばまあ金なんだが、最大級に活用できる――擬似胸になれるオイルパッド入りブラの売り場紹介や、たまたま貰いものの格闘技チケットを渡してこの場は収まりがついた。

 眉唾物の大亀エキスよりもよっぽど何らかのエキスが脳内に出るらしい。とてもいい笑顔で帰っていった。


 ――だからってさ。



 「だから先程も申しました通り太郎さんはっ、た、たろうさん、はっ……」

 

 言葉を詰まらせ、当時の思い出話を産卵時みたいに涙をボタボタ零しながら語るカメ。アレだけカメカメ言ってたくせに、それすらも忘れて。


 あーなんだかメンドクサイ。


 「ね、帰っていい? 時代劇の再放送あんだけど」

 

 「あなたはーっ! 酷いじゃないですか私がこんなに同情引こうと迫真の演技をしているのに!」


 「お前それ自爆」


 「う、わああああ……カメ」


 語尾クセ思い出すタイミングおかしいぞ!


 「私、アナタを迎えに来たんですぅぅ!」 


 おせえって。

 あれから……あれから何年経ったと思ってるんだバカヤロウ。


 俺は前世の記憶がある。

 砂になりそれから更に時は流れ、俺はいま十八歳。今頃迎えに来られたって色々と都合が悪い。一番の根本がまず――。


 「やだよ。大体時間の流れおかしーし。三年が三百年? 一年が百年分なんてふざけんな」


 「もう竜宮城に永久就職と思って来てくださいよ」


 「受験失敗の上、就職失敗した俺に対してのイヤミか! 中身抜いて吊るすぞ」


 「ぎゃあああ! てらどえす」


 「まあそれは後でやるとして……」


 「後って? 後って!」


 「大体、なんで俺を連れてこうとするんだ? じじいになって即死する煙を寄越す位、用済みな野郎じゃねーのか? 太郎って」


 『開けないで下さい』って渡された玉手箱。

 帰ると言った俺に、何かを覚悟した目で渡した乙姫。


 きっと俺が地上に出てから開けるって、分かっていたんだ。

 即三百年の時間を俺に注ぎ、砂へと変化させた煙。過ぎてしまった俺の時代に悲観していたから、ある意味温情ともいえるんだけどな。

 それから一度も転生することなく現代に生まれた俺は……捨て子だった。児童施設の前に捨て置かれた俺は、そのまま施設で成長する。荒れた青春を送ってきたのが災いして進学も就職も出来なかった俺だけどな。


 認めたくはないが、どこか焦がれているんだ――乙姫に。



 「――帰る」


 「えええええ」


 思い出したくもない感傷が俺を取り込む前に、サッサと退散するべきだ。カメがジタバタ手足を動かしているが俺についてこられない速度だ。かまわねえよもう。


 「あいや待たれよ太郎殿」


 俺とカメの他に誰もいなかった空間に、第三者の声が割って入った――って、この声……。

 俺は時間を掛けてゆっくりと振り返る。そこには、俺にとって三百年と、間を飛ばして十八年ぶりの。


 「……俺、太郎じゃねえし」


 「なんと、姿も名も変わっておるのか。しかし魂の気配までは隠しようがないのう」


 時代を超えて会う乙姫は、かわらず美しかった。

 けぶる睫毛に縁取られた瞳は新月の夜空より深い闇色で、すっと筋が通った鼻梁の先の唇は蠱惑的な美しいカーブを描いて上がる。銀糸を紡いだかのような美しい漆黒の髪がさらりと顔にかかり、眉はどんな芸術家でも真似のできない美しい角度で顰められている。

 

 くっ……なんの罠だ畜生!

 

 何もかも忘れ、飛びつき抱き寄せメチャメチャに貪りつくしたい。その衝動を抑えるのは、全精力を注がねばならないほど魅力溢れた存在だった。

 そこまでして踏みとどまる理由……それは……。


 「今の名をなんと申す? わらわと愛の巣へ戻ろうぞ」


 「うっせ。もう俺はいらねえんだろ? 死ぬのが分かっててあんな箱を夫に渡すか」


 「ああ、その様な事気にやんでおったのか」


 軽く言うな乙姫!

 ギロッと軽く睨むと、乙姫はふわりとカメの甲羅に腰を掛けて、長い足を組んだ。カメが「えええ」と抗議の声をあげたけど、ゴスッと拳をカメの頭に叩きつけて黙らせた。

 ――そうだった、乙姫、意外と……。


 「……怪力女」


 「なんと申すか! お主がひ弱なだけじゃ」


 しかし俺のボソッとした呟きに、にんまりと口角を上げて笑みを浮かべる乙姫。ついっと俺に指差し、キッパリと言い切る。


 「太郎の記憶、あるのじゃろう?」


 「……」


 『怪力女』とは、かつて太郎であった頃、俺がよくからかい半分乙姫によく言っていたアダ名。竜宮城の調度品を壊すたびに、お付きのウドーに『あー、これ都の財政半年分の価値あるんだけどな。太郎に付けとくぞ』。そして城の扉や柱を破壊する度にもう一人のお付きのモリーが、精神的な苦労による腹痛でトイレに篭って出てこられなくなった。そんな日常を知るのは、太郎であった俺しか知らない事。

 だけど。だけどだけど。

 俺は、乙姫の下に戻れない、どうにも出来ない理由があるんだ。


 「ああ、俺は確かに昔太郎だった。……なあ乙姫。どうして俺を殺した?」


 「それは……」


 いつも俺の話を聞かず、何事も動じない乙姫が言いよどむ。積年の凝りを吐き出すなら今だと自分から乙姫に近づいて、目の前に立つ。


 「時間の流れがどうとか、先に言えよ。それなら俺だって両親の事諦めがついたかも知れねえ。俺はお前が好きだった。ああ、結婚するほどだもんな? だがお前のした事は裏切りだ」


 「た、太郎……」


 「だからそれ今の俺の名前じゃねえって!」


 ああ、もううんざりだ。

 

 「乙姫、よく聞けよ。俺はな、生まれ変わって――――――女になった」


 「えええええ」


 一世一代の告白に、何故かカメが驚きの声を上げた。うっせ! カメ黙ってろ!

 そんなカメに乙姫は立ち上がり、くるりとカメに向き直ると踵落としをキメた。――痛そ……。


 「なんじゃ、お主女子(おなご)になったのか」


 「ああ。背が高くてそれっぽく見えねーけど、女だ」


 俺に背を向けている乙姫の表情は見えない。しかし僅かに肩を震わせているのは――.

 泣いているのか?


 生まれ変わった俺は、女になっていた。

 乙姫と夫婦になったのに、生まれ変わったら男ではなく女に。そんな俺は乙姫の下に戻る資格などない。夫婦として育んだ三年の歳月を思い出す度に、狂おしく恋焦がれた乙姫という名の存在。美しい妻が俺の腕の中で眠る、そんな極楽を女のこの身で味わえる訳がない。元男であった自分が、それは許せなかった。


 「……ックク」


 嗚咽を漏らす乙姫……かと思ったら?


 「クククッ。ハーッハッハッハ!!」


 突如辺りに響き渡る笑声。乙姫の声でもたらされたそれは、場違いなほど朗らかで。

 お腹を抱えて身が捩れるといった体で、時折笑いにより滲み出る涙を拭いながら、なかなか止まる事はない。

 一体何事かと、ついカメと見合わせた。いや、見るんじゃなかった。さっきの乙姫踵落としで、まるであごひげの様に砂がビッチリついていたから、噴出しそうになった。

 そらぞらしく視線をはずし、乙姫の肩にポンと手をやる。


 「あのな? 何がおかしいのかわかんねーんだけど」


 「ぷっ! わ、わっ、ククッ、わらわの思い通りになったのが愉快なだけじゃ!」


 「はぁ?」


 そういうと、肩に置いた俺の手を包むように乙姫が手を被せ、俺と目線を合わせた。繊細に出来た睫毛が滲む涙で潤い煌く。


 「これぞわらわが望んだ通りじゃ」


 ポカンと随分間抜けな面を晒しているだろう俺に、乙姫は再びクスクスと笑い出した。


 「わらわも、お主に伝えねばならぬことがある。――――――わらわは、男じゃ」


 「なっ?!」


 「ええええええええええ」


 いや、そこ知ってるだろうよ、カメ!

 そうじゃない、そうじゃないよ俺! 突っ込んでる場合じゃねえ!


 「はああ? お前さ、どっからどう見ても女じゃねーか」


 「線の細い美男子と申せ」


 「大体、寝所だって……」


 「わらわは、真っ暗でないと駄目なのじゃ。それに服を脱ぐのも嫌じゃ」


 「だ、だからって、俺、いれてたぞ?」


 「その様な事……いかようにも技があるのじゃぞ。よう考え? 三年も睦み合う仲なのに子が成されないその理由を」


 ……なんてこった。

 俺、三年ずっと騙されてたのか!


 あまりの衝撃で、砂上にへなへなと膝をついた。

 男相手にあんな事こんな事アレな事……してたのか。うわぁぁぁ!


 「お主が地上に戻る気持ちを叶えてやりたい……それこそ気持ちが引き裂かれそうじゃった。だがの、わらわはお主の願いが一番大事でなぁ。賭けに出たのじゃ」


 「賭け……?」


 意味が分からず、のろのろと顔をあげる。乙姫は、ふわんと優しく笑みを零し、俺に視線を合わせるよう同じ様に膝をついた。


 「そなたが、時の経った地で再び人生をやり直してもよし。じゃが、開けてはならぬ箱を開け転生をするのならば……わらわと今度こそ本当の夫婦になれるよう……性別変更の秘術を使ったのじゃ」


 乙姫の両手が、俺の頬を包む。

 男であった頃は俺の方が大きかったから気付かなかったけれど、確かにこの手は男らしい。


 「待たせてしまって、すまぬ」


 力強く、真摯な目で真っ直ぐに俺の心を射抜く。

 ああ――もう……。



 かなわない。


 

 「乙姫。今度こそ本当の夫婦になろう」


 頬を包まれたまま、俺は乙姫の後頭部を引き寄せて口付けた。




 「えええええ」



 ――カメ、空気読め!








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