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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

人喰い王子とメインディッシュの溺愛結婚〜父の愛を添えて〜

作者: 内海めばる
掲載日:2026/10/03

 隣の国の王子様は、人喰いの呪いを受けたらしい。恐ろしい話だ。


「すまない、ローザ」


 お父様が頬を涙で濡らしながら、私を国境まで見送って下さった。可哀想なお父様。父と娘、2人ぼっちの家族だったのに。


「お父様、どうかお幸せにね」

「……ローザ、ローザ! やはり逃げよう。お前の母さんが流行り病でいなくなってから、私にはお前しかいないんだ」

「お父様。王命ですわ。私が行かないと、お父様が罰せられます」

「王がなんだというんだ! たったひとりの命より大切な娘だ。父さんは、お前のためならなんだって!」


 私は思わずお父様を抱き締めた。

 数ヶ月前のパーティー、隣の国の王子様と目があったのが運のつき。私を「美味しそうだ」と思って、我が国の王に探させたんですって。


「きっと私も幸せになります。大丈夫よ」


 私はお父様の手を強く握り締めた。そして、朝焼けの空を仰いだ。上を向かないと、涙が溢れてしまいそうだったから。


「1週間ほどで、お隣の国のお城につくんですって。落ち着いたらすぐお手紙をだします」

「ローザ! どうか生きていておくれ。どうにかして父さんが駆けつけるから!」


 そうして、私は人喰い王子の待つお城へ向かった。最初の3日は、すすり泣くお父様の顔と、今までの思い出があとからあとから溢れてきた。

 4日目にもなると、疲れの方が出てきた。馬車に揺られながら窓を眺める。ずっと同じような景色。見たところ、国は豊かだ。黄金の麦畑が、穏やかな海のようにそよいでいる。


 その時、少し大きな町で馬車が止まった。外から、御者の声がした。

「殿下! なぜこのような場所に!」


 殿下?

 それはつまり、例の人喰い王子の事だ。すぐ近くにいるのかもしれない。姿を見たいと思い窓に顔を近づけようとした、その瞬間。


「きゃ!」


 突然、馬車の扉が開き、バランスを崩してしまった。落ちる、と思った瞬間。誰かに抱きとめられた。


「忙しない。無事か」


 低い声。顔を上げると、いかにも品のよさそうな黒髪の男。この男こそ、例の王子だと──私の結婚相手だと直感した。


「ウィルバー様……?」

「ああ。俺がこの国の王子。ウィルバーだ」


 ウィルバー様は、私を優しく馬車に座り直させた。そして、屈んで目線を合わせ、悪辣な笑みを浮かべた。


「あの夜以来だな。お前のことを忘れた日はなかった。喰らいたかったぞ、ローザ」

「ヒッ……」


 大きな手が私の髪をすいた。冷たい指が耳をかすった。ウィルバー様のアンバーの瞳が、ギラギラと恐ろしい光をたたえていた。


「ど、どうか! 父に手紙を書かせて下さい……! 今生の別れと覚悟しては参りましたが、それでも……どうか一筆の猶予を……」


 ウィルバーは、私の対面の腰掛けにどっかりと座り、鼻で笑った。


「そこまで俺は野蛮ではない。全ては城で準備を整えてからだ」

「良かった……」

「お前はメインディッシュだからな。城のコックのいないところで食らうものか。勿体無い」


 安心した私が馬鹿だった。この男、私を完全に食材としてしか見ていない!


 ゆっくりと馬車が走り出した。これから城まで、この男と二人きり? 気が狂いそうだ。


「恐ろしいひと! そうやって今までも色んな人を……!」

「呪いのせいだ。俺が悪いわけではない」


 ウィルバー様は遠い目で、麦畑の海を眺めている。


「5年前のことだ。父に森に住む化物を退治するよう頼まれた。俺は弓が得意だからな」

「化物?」

「化物だと聞いていた。そしたら、その森のヌシの子供だった。狼の妖精でな。父娘だったようだ。俺に娘を射殺されて、ヌシは俺を呪った。俺は人喰いをしなければ、ただの獣に堕ちてしまう」

「獣に……?」

「狼にでもなるんじゃないか? この目を見ろ。狼の目だ。元は黒かった」


 ウィルバー様の金の瞳が私を捉えた。その目には、若干の悲しみと柔らかさがあった。

「愛おしいと思える人間しか食えない呪いだ。俺は今まで、2人の弟と、乳母と、乳母兄弟を食らってきた。ひとりで1年程は保つようだ」

「……私は5年目の?」

「お前を見たとき愛おしいと思った。一目惚れと言うのだろうな」


 その言葉に、どきりとした。頬が熱くなる。急に愛おしいとか、一目惚れとか言われても困る。

 私が両手で頬を抑える姿に、ウィルバー様は目を細めた。そして、眉を寄せ、馬車の天井を仰いだ。


「……我々にとっては“胸が痛まない”生贄ということになる」

「ああ……そういう……」


 生贄。私が死んでも、この国の人間は悲しまない。今年は身内から犠牲を出さなくて良くなった。私の命で。

 ウィルバー様は、自身のマントのファーに触れた。グレーの柔らかそうな、美しい毛皮だ。


「これはその狼のものだ。お前にやる」

「……えっ」


 暖かなマントが、私の肩を覆った。香水のいい香りがふんわりと鼻をくすぐった。


「城の辺りはもう寒い。……風邪でもひかれてはたまらん」

「こんなもの、もらったって……」

「それは本当に高価なものだ。妖精の毛皮だからな。……父親がいるのだろう? その男にでも贈ってやれ。しばらくは困らんだろう」

「優しいのか、恐ろしいのか分からないわ」


 マントを握り締める。ウィルバー様は静かに目をつむった。


「好きに決めろ。どちらにせよ、無駄なことだ」


 数日後。私は遂に城に入った。ウィルバー様は、馬車から降りる私に手を差し伸べる。


「長旅ご苦労。部屋を用意してある。今日はもう休め……俺なんぞと話していても、楽しくなかっただろう?」

「最後はほとんど寝ていたわ……疲れてしまって」

「知っている。見ていた」


 名残惜しそうに離れた指先は、少しだけ温かかった。

 その晩は、部屋のベッドに入った瞬間、あっという間に眠ってしまった。

 本当はお父様に手紙を書いて、それからマントを包んで送る準備をしたかったけれど、そんな元気はなかった。


 翌朝、目覚めてすぐに使用人がドアをノックした。


「殿下からの贈り物です」


 使用人が恭しく並べたのは、羊皮紙が数枚と、贈答品を包むための美しい布。

 小さなメモに走り書き。


 ──手紙を書くと言っていたから、用意した。無用の親切だったなら、無視してよい。


「帰ってきたのは昨日の夜だったのに……。いつ用意させたのかしら」

 あの人だって疲れていたはずだろうに。


 そうして、私は手紙を書いた。もちろんお父様に。

 内容はこうだ。


 ウィルバー様は案外いい人のような気もするけれど、やっぱり人を食べること。でも、本当に私に一目惚れしているらしいこと。


 先立つ不幸をお許し下さい。それから、どうか幸せになってください。

 最後に、あなたの娘で幸せでした、と締めくくった。


 手紙と綺麗に包んだマントをお父様に送るよう依頼して、その日は終わった。これが最期のお別れの手紙だと思うと、想像以上に時間がかかってしまった。

 手紙が届く頃には、私はもうこの世にいないだろう。


 夜は、ウィルバー様と食事をした。ウィルバー様は肉を食べていた。私の目の前の皿にも、同じ料理が。


「このお肉は、とり肉で間違いないでしょうか?」


 私の問い掛けに、ウィルバー様は首を傾げた。


「見れば分かるだろう。とり肉だ。……常日ごろから人など食わん」

「でも明日の結婚式で食べるのでしょう? ……最期の食事くらい、私の好きな物を尋ねてくださったって良かったのに」


 ウィルバー様は少し悲しそうな、困ったような顔をした。


「分かっているわ。ウィルバー様、きっと調べたのでしょう。私の好物はとり肉のレモンソースだもの」

「……レモンを取り寄せるのに苦労した」

「この辺では成らないのね」

「今回の件でどこで手に入れられるか分かったからな。次からは……いや、なんでもない」


 この人の愛と優しさに、私は泣きたくなってしまった。



 翌日、結婚式。王族の結婚式というには簡素すぎた。いや、これは建前なのだろう。教会に少しの親族や関係者のみが集った。

 結婚式の真似ごとが終われば、私は──。


 神父がゆっくりと誓いの言葉の口上を読み上げる。


「新郎ウィルバー、あなたはここにいるローザを、いついかなる時でも妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


 ウィルバー様が口を開こうとしたその瞬間、教会のステンドグラスが砕け散った。そして、聞き慣れた声が私を呼んだ。


「ローザ、無事か!」

「お、お父様!?」


 泥にまみれ、ガラス片で頬を切り血を流す、ボロボロお父様。教会がにわかに騒がしくなる。


「あの後、いても立っても居られなかった! 馬を飛ばして来たんだ! ローザ、お前を死なせはしない!」


 お父様は私を背に庇い、ウィルバー様の前に立ち塞がった。


「どうか娘を返していただこう! たったひとりの大切な娘だ。命にかえても惜しくない! どうか、どうか見逃して下さいませ」


 ウィルバー様はざわつく見物人を制して、お父様に近づいた。

「土台無理な話だ」

「無理は承知の上です。どうしてもと言うならば、私はあなたを害さなければなりませんぞ!」


 ああ、そんなの絶対できっこないのに。敵うわけがない。

 運動嫌いで、剣術なんて子供の頃以来やってないと笑っていたお父様。馬に乗るとお尻が痛いと机仕事ばかりのお父様。


 そんなお父様が、こんな長い長い距離を、馬で飛ばして来てくださったのだ。私の頬に温かいものが伝った。

「お父様、私はもう良いのです。これほど幸せな娘は、この世にはおりません」

 お父様は首を横に振った。

「ローザ、私はお前に生きて幸せになってほしいんだよ」


 しばしの沈黙。ウィルバー様は、私たちを見て、そして頷いた。


「今ようやく理解した。自分の罪を。俺が奪ったものはあまりにも大きかった。そして、同じことを繰り返そうとしていた」

「ウィルバー様?」


 私とお父様の前に、ゆっくりとウィルバー様が歩み寄った。そして、静かに微笑んだ。


「私はもう罪を重ねたくない。お前たちは自由だ。迷惑をかけたな」

「でも、人間を食べないと獣になってしまうんでしょう!」

「ああ。それでいい。ありがとう。救われた」


 その瞬間、教会の重い扉が大きな音をたてて開き、突風が吹き込んできた。その風の塊はウィルバー様目掛けて飛び込んでいった。ウィルバー様と風が衝突した瞬間、彼はふらつき、目を抑えた。


「なんだ……ッ! こ、これは……?」


 その目は、黒くなっていた。人々はざわつき、そして呪いが解けたことを理解し始めた。

 歓喜の声がところどころから飛び出す。


「呪いがとけたんだ! 王子の呪いが!」

「良かった! ああ、今日は素晴らしい日だ!」


 ウィルバー様は呆然と立ち尽くしていた。しかし、ふと我に返ったのか、私たちに目をやった。その表情は、どこか空虚だった。深い悲しみがあった。


「……お前たちのおかげだ。礼を言おう。十分な金も渡す。もう国に戻るがいい。俺は……」

「あなたは、ちっとも嬉しそうじゃない」


 私はウィルバー様の手を取った。温かな手だった。


「きっと、食べてしまった大切な人の事を考えたのね」

「ああ……。呪いは解けた。俺は贖罪をしなければ」

「残りの一生全部で?」


 迷い無く頷いた彼の手を、私は強く強く握った。


「なら、私もお側に残ります! あなたが押し潰されてしまわないように」

「ローザ……! ああ、誓おう。俺はお前の夫として、絶対にお前を幸せにする」

「良かった。ようやく素直に愛していると言えますわ!」


 そうして後日、私とウィルバー様は結婚した。お父様は近くに土地を貰い、不自由のない生活をしている。


 届かずに戻ってきた手紙は大切にしまっておいた。そして、毛皮のファーがついたマントはウィルバー様にお返しした。マントは解体されてただの毛皮となり、森に返されたという。


 ウィルバー様は毎朝毎晩、必ず奪った命に祈りを捧げた。私も彼に倣った。


 朝の光がステンドグラスを通って、ウィルバー様の頬に落ちた。その穏やかな表情に、私は天を仰いだ。


「お前は泣きそうになると上を見る。……何か悲しいことでもあったのか?」

「いいえ、嬉しくて涙が溢れてしまいそうだから……。それに、あなたもおなじ癖があるでしょう」

「そうだな。涙を人に見せたくないのかもしれん」

「きっと強がりなのよ、私たち」


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