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元の世界からかかってくる電話

作者: 四季まみず
掲載日:2026/07/18

 王宮は今日も美しく、清潔で、豪奢で華美で完璧だった。わたしの夢と理想と民の税金、全てを注ぎ込んだ夢の城。ドレスは毎日違うものを着たい。三食すべて美味しくて栄養たっぷりなものを食べたい。欲を言うなら愛人兼執事を1ダース、わたしに生き血を捧げるための若い女の子2ダースを飼いたい。思い付く限りの贅沢に塗れて暮らしたい。だってせっかくそういう世界に生まれたんだから。


*


 かつてのわたしは花の女子高生だった。可愛い制服の私立高校。それがどうして異国の王女様になってしまったかというと、信じられないようなある事情がある。幽霊もオカルトも馬鹿げていると思っていたけど、でもそういうことだったのだと信じざるを得ない事情が。

 その私立高校には七不思議があった。七不思議というか、禁止事項みたいなものが。



 動く人体模型に出会ってはならない。捕まったら自分と人体模型の精神が取って代わる。

 夜に職員室の1番古い電話が鳴っても決して出てはいけない。連れていかれる。

 校庭の真ん中に5秒以上立ってはいけない。異世界に行ってしまう。

 落としましたか? と聞かれたら無視をすること。理由は分からない。

 書道室に飾られた1995年の賞状の額に触れてはいけない。理由は分からない。

 裏門から帰る時に「さようなら」と言ってはならない。理由は分からない。

 テニス部の部室の黄色いラケットを捨ててはならない。戻ってくるから。



 こんな意味不明な七不思議があるなら別の高校にすれば良かった! と最初に聞いた時は思ったけれど、私はバスケ部だったし、授業や部活が終わったらとっとと帰るし、理科準備室に用は無いし、選択授業で書道は選ばなかったし、次第にどうでもよくなっていった。

 高校二年の夏、結局その七不思議と向き合うことになる。女バスと男バスの校内合宿で肝試しをすることになったから。男女でペアを組んで校内を回る、みたいな内容で、各コースの中に七不思議がある場所がひとつ組み込まれていた。場所が定かではない「落としましたか?」以外の。

 私はその時の彼氏と組んで、校庭のコースに行くことになった。バカ丁寧に校庭の真ん中にはライン引きで白くバツ印が付けてあった。

「どっちが立ってもいいならアンタ立ってよ、靴に粉付くのやだし」

「んだよ、しょうがねえな」

 とか言いながらも白いバッテンマークの上に立って、なぜかポーズまで決める。

 玄関の辺りに見張り役の部員が二人立ってこちらを監視していた。真ん中に立ったのをチェックしてるものと思っていたら「キスしろー!!」と叫んできた。

「馬鹿じゃないの? アイツ」

「イヒヒ、5秒だろ」

 クソみたいな彼氏はわたしを強い力で抱き締めて無理矢理キスしてきた。玄関からピュー! と口笛の音がする。その時、ケータイの着メロが流れ出す。わたしの? 彼氏と同じ着メロにしてたから分からない。ケータイ見たいしキモいし恥ずいし止めろと思って蹴ったけど止めない。死ねバカと思っていたら、本当に死んだのかってくらいいきなり彼氏はその場に崩れ落ちた。そんなに良い所蹴ったつもりは無かったから、コイツからかってんのか? と思って見てみたら、何故か目と耳から血がドクドク流れてて、わたしはぎゃあぎゃあ叫びながら逃げた。

「ねえ!! 助けて!!! ヤバいよ!!」

 見張り役たちはヘラヘラ笑っていたけれど、わたしがとにかく叫びまくっていたら、やっと校庭の方に向かって歩いて行った。

 うわっ! ぎゃあ! と悲鳴が聞こえる。わたしはポケットからケータイを取り出す。指が震えてボタンが押せない。

「落としましたか?」

「え? 何」

 声をかけられて、振り向いた。あ。



 落としましたか? と聞かれたら無視をすること。理由は分からない。



 人ってこんな風に笑うことがあるんだ、と一瞬冷静になる。目の前の何か。歯が剥き出しで、目が血走っていて、顔の全ての筋肉を歪めたような笑顔の何かが立っていた。それを認識した次の瞬間、首の辺りに強い衝撃を受けて、そこから先の記憶は無い。あの時のこと——女子高生だったわたしの最後の光景。今でもたまに夢に見る。多分、七不思議風に解釈すると、首を切られたのではないかと思う。落としましたか? 首を——なんてね。


*


 わたしがその記憶を取り戻したのは、17歳になったときのことだった。女子高生として死んだ瞬間と同じ年齢になったから? だけどわたしはもうすっかり、エンディミシアの王女、リーナ・エンディミシアだった。だからもう何も関係ない。ここは王宮、この国は王宮のためにある国。わたしが望めばなんでも叶う国。あんな恐ろしい目に遭ったんだから、花の女子高生のまま死んじゃったんだから、なんでもしたって良いはずだ。

 王宮の魔法士か占術士に観てもらえば、わたしの前の人生というやつを、何故そんな転生が成されたのかを、知ることができたかもしれない。だけどなんの得にもならないと思ったから、やめた。宝石商とティアラの相談をしている時間の方が有意義だと思うから。






 それが着メロだ、と気付くまでたっぷり一分くらい掛かった。


 ケータイの着メロ。電子音。“当時”流行ってい

た曲のサビのメロディがピロピロと鳴っている。聴いているうちに歌詞をちょっと思い出す。でも、なんで、いきなり?



 夕食を終えて、お風呂を済ませて、自室に戻ってみたら聞こえてきた。ここに携帯電話なんて、あるはずが無い。王宮内には、各部屋や部署を繋ぐ固定電話に似たものならある。だけど民のひとりひとりが電話をもつような世界じゃないから、携帯電話は存在しない。

 よく知るメロディが、この世界に存在しない音楽が、この部屋にある。わたしを、呼んでる?


 ベッドの上にそれはあった。わたしが持っていたケータイ……だった。見間違えようも無い。プリクラを貼りまくったパールホワイトのボディ、じゃらじゃら付けたストラップ、ピンクに光るライトの設定。なんで? ねっとりと気持ち悪い違和感から、かつて使い慣れていた折り畳み式携帯電話を開くことをためらう。

「ひっ……」

 再び着メロが鳴った。明るいラブソングのサビが急に恐ろしくなる。ピンクのライトがメロディに合わせてグラデーションで光る。プリクラの中でわたしと友達が笑っている。どうして? これは何?

 結局、3回目の着信で、好奇心に負けてそっと画面を開いてしまった。脱力。タツヤ。彼氏の名前が表示されていた。アイツが結局助かったのかどうかは分からない。でももしかして助かってたのかも、とちょっとホッとして、反射的に通話ボタンを押してしまった。


「キスしろー!!」

「馬鹿じゃないの? アイツ」

「イヒヒ、5秒だろ」

「うわっ、やめ」

「キスしろー!!」「馬鹿じゃないの? アイツ」「イヒヒ、5秒だろ」「うわっ、やめ」「キスしろー!!」「馬鹿じゃないの? アイツ」「イヒヒ、5秒だろ」「ねえ!! 助けて!!! ヤバいよ!!」「ねえ!! 助けて!!! ヤバいよ!!」「ねえ!! 助けて!!! ヤバいよ!!」「うわっ!」「ぎゃあ!」「えっ救急車?」「救急車?」「救急車?」「救急車?」


「おいリナ、なんでオレが死んだか分かる」



 わたしは携帯電話を窓に向かって思い切り投げつけた。イヤーーー! と喉から声が振り絞られていたことに、数秒経ってから気が付いた。吐く息が無くなってから異常事態への恐怖が全身に回ってきて、呼吸がうまくできなくなって、そのまま意識を手放した。アイツの声は、ケータイを当てていたのと反対の耳から聞こえてきた。




 目が覚めると、わたしはいつも通りふかふかのベッドで羽毛布団に包まれ、やわらかい枕に頭を埋めていた。夢だった? と思ったのも束の間、わたしが目覚めたと知った下女たちに囲まれ、医師を呼ばれ、父様と母様が代わる代わるやって来て、フルーツやらお香やら病気の時に善いものがどっさり運ばれて来た。倒れている状態で見つかったわたしは、高熱で錯乱していた、という事になっていた。窓ガラスは割れていないし、携帯電話もどこにも無い。結局やっぱり、熱に浮かされて見た夢なのかもしれない。

「リーナ様、貴方を呼ぶ声がしても決して答えてはなりません」

 でも、医師と共に来た占術士が帰り際に言ったことが少し気になった。

「なぜなの? 占いってハッキリ言ってくれないからイヤだわ」

「申し訳ありませぬ、私めでは理解の及ばない、何かが貴方様を呼んでいるのです……」

「ふぅん……まあ、分かったわ。気をつける……」

 わたしが素直にそんなことを言うもんだから、周りに居た人たちが顔を見合せているし空気がどよめく。ひと睨みしたら全員そそくさと部屋を出ていった。


 魔除けのお香を焚いて、たまにフルーツを齧って、ぼーっと夜を過ごした。気味が悪くて眠れない。男でも呼ぼうかと思っていたら、枕の下からくぐもったメロディが聞こえてきた。

「な、何なの!? キモイんだけど!」

 枕をどけると、そこには昨日見たのと同じ、わたしのケータイが着メロを鳴り響かせながらそこにあった。

「キモイ、ほんとに無理、ヤバい……」

 部屋を出ていこうと思ってドアノブを回す。開かない!

 叩いても蹴ってもびくともしない、誰も来ない、部屋の電話……も、どこにも繋がらない。

「出ない! 絶対出ないから! うるさいうるさいうるさい!」

 メロディが止まらない。止まっても、また鳴り響く。耳を塞いでも貫通してくる。絶対出ない、絶対出ない、絶対出ない!


「留守番電話に、接続します。ピーッという発信音、」

「もしもし、リナ。もしもし、リナ。もしもし、リナ」


 部屋の端っこで、腰が抜けてしまった。もしもし、リナ。まだ声がする。タツヤの声なのかどうかなんてもはや分からない。もしもし、リナ。校庭の真ん中に5秒居たから、アイツは、アイツも、異世界に行ったのか。もしもし、リナ。わたしが立っていた所も結局校庭の真ん中近くだったし、一緒に転生してたのかも。もしもし、リナ。アイツ、わたしのこと、ずっと探してたのかもしれない。もしもし、リナ。「もしもし、タツヤ、でしょ?」「もしもし、リナ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ」

 あ、あ、あ。わたしは声なのか息なのか分からないものと、涎と鼻水と胃酸でぐちゃぐちゃになりながら、這って、窓、バルコニーまで、移動する。タツヤがわたしを道連れにしようと探しているに違いない! 早く、医師でも魔法士でも占術士でも、なんでもいいから、早くここに来てわたしを助けなさい! そんな気持ちで、窓を開けて、バルコニーに立つ。


「地獄に 落としましたか」


 横には、女子高生の、前世のわたしが今際の際に見たアイツが居た。この世のものとは思えない笑顔で、そう言った。まさか、わたしを探していたのは、コイツ。後ずさりしたら、バルコニーの手すりが、バキバキと音を立てて、壊れていく、王宮最上階のバルコニーから、わたし、落ちていく。「もしもし、リナ、会いたい、会いたい、会いたい、会いたい、会いたい、会いたい、会いたい、会いたい」地獄? くぐもった声が聞こえる。遠くなっていく。わたしは、わたしを、てばなした。




*




「ね、バスケ部の夏合宿やばかったらしいね」

「なんか今日朝礼で話があるって……」

「肝試しで七不思議やったんだって聞いたけど」


 夏休み明けの教室は噂話を喉からごぼごぼと吐き出す者たちで満員の病室のように臭っていた。死者、行方不明者、入院患者となった者。誰かの不幸の情報を手持ちのカードのようにチラつかせ合い、自分が如何に事情通かを探り合い、出し抜き合う。バカみたい。

 あたしは気分が悪くなって、早退することを決意した。正門から出るとすると……全校集会は体育館でやるから、かなり目立つ。嫌だ。裏門から帰ることにする。

 用務員さんが掃除をしている以外、先生たちの気配も無し。面倒くさいからこっそり帰ろう。後で公衆電話から担任に電話して、事後報告すれば家に電話が行くこともないハズ。裏門のギイギイなる古い鉄柵を開く。

「おや、帰るの。さようなら」

 ホウキの動きを止めて、わざわざ用務員さんが声を掛けてくる。げ、と思いながら返事をした。

「体調不良で早退でーす、さようなら」

 その時、電話の音が聞こえた。

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