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傭兵隊長クセノフォン  作者: 世間の果て
第四章:王子キュロスの甘い罠
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サルディスの熱気と陳列された肉

 サルディス。ひたすら埃。

 空は病的に白茶けている。頭上の太陽が、そこら中に立てかけられた青銅の丸盾を容赦なく焼く。表面から立ち昇る陽炎が、隣の天幕の輪郭をぐにゃりと歪める。どこを見ても、灰色の土埃と、汗で変色した布の切れ端ばかり。


 すり減った革サンダルの底を突き破って、硬く乾いた土の熱が足の裏の肉を直接焦がす。クセノフォンが歩くたびに、親指の付け根の潰れた豆から粘り気のある体液が滲み出し、革紐にべったりとこびりつく。


 周囲にひしめく男たちの股ぐらから、何日も洗っていない羊の脂みたいな饐えた臭いが漂ってくる。むせ返る。喉の奥に黄色い痰が絡みつくが、クセノフォンは吐き出す水分すら惜しんで飲み込んだ。


 一万三千。

 ここに転がっているのは、ギリシャ語を喋る一万三千の肉袋。

 アテネの食い詰め者。クレタの弓引き。イオニアの浮浪者。どれもこれも、日に焼けて皮膚がひび割れ、目だけが妙にぎらついている。


 道端で、痩せこけた男が四つん這いになって黄色い胃液を吐く。吐くものなんて何もないはずだ。胃酸が乾いた土に染み込み、酸っぱい臭いが足元から這い上がってくる。

「ルシャの太陽は肌を焼く」

 隣を歩いていたクレタ出身らしい男が、自分のひび割れた唇を舌で舐めながら言った。唇の端が切れ、黒ずんだ血が顎の無精髭を伝う。

「銀貨はその火傷の薬になるか?」

「ならない」クセノフォンは答える。口の中に古い鉄錆みたいな味が広がる。唾液が足りない。「だが胃袋の痙攣は止まる。それだけだ」

 男は鼻を鳴らし、肩に担いだ槍を揺らす。槍の柄のささくれがクセノフォンの肘を擦り、皮膚がうっすらと剥ける。痛みはない。ただ、どうしようもなく乾いている。


 野営地は巨大な市場だ。

 ただし、ここに並んでいるのは山羊のチーズでも、壷入りのオリーブオイルでもない。

 人間の肉。骨。腱。そして、それらをとりあえず動かしておくための粗末な神経系。

 持ち主のいない商品として、この広大な土埃の棚にただ並べられている。誰かが値札を付けに来るのを待っている。

 値札。一日一ドラクマ。あるいはそれ以下か。


 遠くで、砥石で鉄の剣を研ぐ不快な高音が響く。キイ、キイ。歯の浮くような音。その音に合わせて、何百匹もの銀蠅が死んだ馬の胴体にたかり、羽音をブンブンと唸らせている。

 馬の死骸。腹が風船みたいに膨れ上がり、裂けた皮膚から黒紫色の腸がはみ出している。

 そのすぐ横で、数人の重装歩兵が地面に転がり、骨で作った粗末なサイコロを振っている。

「出た。俺の勝ちだ。その干し肉を寄こせ」

「ふざけんな、イカサマだろ」

 取っ組み合いが始まる。頬骨を殴りつける鈍い音。サイコロが土埃の中に転がる。誰も止めない。誰も見向きもしない。勝った男が干し肉をかじり取る。噛みちぎる音が聞こえる。負けた男が鼻血を垂らしながら地面に這いつくばる。ただそれだけ。視界の隅で完結するくだらない食物連鎖。


 汗の染み込んだ麻の(キトン)が背中にべったりと張り付いている。痒い。クセノフォンは右手で首筋を無造作に掻く。伸びた爪の間に垢と土が黒く詰まる。


 ここは世界の吹き溜まりだ。

 祖国の法も、市民としての誇りも、このうだるような熱気の前では、干からびた犬の糞ほどの価値もない。

 あるのは、いつ配給されるかわからない水っぽい麦粥への執着と、ポケットの底で冷たく光るかもしれない銀貨の感触への妄執だけ。


 クセノフォンは歩みを止める。

 目の前に、ペルシャ人の商人たちが立てたけばけばしい天幕がある。赤と黄色の染料で染められた分厚い布地が、熱風に煽られてバタバタと品のない音を立てている。天幕の脇に積まれた木の箱。中には、無造作に放り込まれた無数の青銅の脛当て。サイズも形もばらばら。どこかの戦場で死体からひん剥いてきた代物だろう。内側にはまだ、前の持ち主の乾燥した血と肉片がこびりついている。

「どうだ、アテネ人。一つ買わないか。安いぞ」

 歯の欠けた商人が、蠅を追い払いながら声をかけてくる。

「間に合ってる」

 クセノフォンは自分の足元を見る。すり減って紐の切れかけたサンダル。

「なら、お前のその槍を売れ。銀貨二枚でどうだ」

「五枚だ」クセノフォンは反射的に答える。

「三枚。それ以上は出せん」

「じゃあいい」


 歩き出す。

 交渉すら面倒くさい。自分の命を預けるはずの武器を、明日のパンの切れ端のために売り払おうとする。その矛盾にすら、脳はもう何の警告も発しない。腹が減っている。それだけがこの場所での絶対の真理だ。

 「おい、クセノフォン」

 後ろから、やけに明るい声がした。

 プロクセノスだ。

 油で撫で付けられた髪から、甘ったるい香料の匂いが漂ってくる。この熱気と土埃と腐臭の混じった空気の中で、その香油の匂いはひどく場違いで、クセノフォンの鼻腔の奥を容赦なく刺激する。

 「こんなところで何をしてるんだい。キュロス様が呼んでる」

 彼の指先にはめられたペルシャ製の黄金の指輪が、ギラリと太陽の光を反射した。網膜を刺す痛みに、クセノフォンは思わず目を細める。

「お呼び出しだそうだ。僕らの値札が付く時間らしいよ」

 プロクセノスは笑う。教養ある、致命的に底の浅い笑い。

 クセノフォンは喉の奥にへばりついた痰を、乾いた地面に向かって吐き捨てた。

 黄色い塊は土埃にまみれ、数秒で水分を奪われてシミに変わる。

「行こうか」

 クセノフォンは言う。

 歩き出す。石ころ。乾いた泥。一歩踏み出すごとに、サンダルの底から地面の無遠慮な硬さと熱が確実に伝わってくる。

 売られる。

 このどうしようもなく安価な肉体。それに付属する少しばかりの暴力。それらをひっくるめて、ペルシャの王子の広大な庭に投げ売りしに行く。


 一万三千の在庫。その中の一つの個体。

 クセノフォンは、ただの数字になるために歩き続ける。

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