乾いた街道、すり減った蹄
陽光が石灰岩の路面に反射し、網膜の端を焼く。
街道沿いには、神殿の供え物の肉を奪い合う、痩せ細った犬の群れ。一頭の雑種が、泥にまみれた羊の肺を咥えて走り去る。残された群れが、渇いた喉を鳴らしてそれを追った。
クセノフォンは、革紐の緩んだサンダルの先で、道に落ちていた折れた青銅の矢尻を跳ね飛ばした。
足の裏が熱い。
歩くたびに、サンダルの底と皮膚の間に挟まった小石が、容赦なく肉を抉る。
一歩。また一歩。
その振動が、膝を通り、脊椎を駆け上がり、頭蓋の奥で不協和音を立てる。
前を行く荷馬の尻から、重苦しい排泄の音が聞こえた。湿った塊が路面に落ち、立ち上る湯気が鼻を突く。
アテネを出る際、ソクラテスがかけた言葉が、その腐臭に混じって蘇る。
「デルポイへ行け。そして、その旅が善いものかどうか、神に訊ねるがいい」
老人はいつだって、正解ではなく「問い」を差し出す。
だが、クセノフォンはもう、問いの重さに耐えかねていた。
アテネの法廷、民会の怒号、終わらない戦争。
魂の善し悪しを天秤にかける日々は、この街道の埃よりもひどく男を摩耗させた。
「ねえ。君、さっきから顔が怖いよ」
隣を歩く男、プロクセノスが言った。
彼はキュロス王子の友人であり、クセノフォンをこの奇妙な遠征に誘った張本人だ。
「別に。靴の中に石が入ってるだけだ」
「なんだ、そんなことか。脱いで捨てればいいじゃないか」
「そうもいかない。歩みを止めれば、この列から取り残される気がする」
「真面目だねえ。デルポイに着いたら、神様に『俺は金持ちになれますか』って訊けばいいんだよ。アポロン様は、はっきりした答えが好きだからね」
プロクセノスは、軽い調子で腰の短剣を叩いた。
その短剣の柄には、ペルシャ風の金細工が施されている。
それは信仰の対象ではなく、前払いされた契約金の証拠だ。
デルポイの入り口は、黒ずんだ石造りの門が口を開けていた。
巫女の煙が漂っている。月桂樹を焼いたような、喉に刺さる嫌な匂いだ。
神殿の奥へ進むにつれ、温度が下がる。
壁にこびりついた煤。天井から垂れる湿り気。
かつて巡礼者が捧げたであろう、古びた盾や武具が、暗がりのなかで錆びた歯茎のように並んでいる。
神官が、クセノフォンの前に立った。
男の着ている白い衣は、よく見ると裾が擦り切れ、数日前の食事の跡と思われる黄色い染みがついている。
「何を問うか、アテナイ人」
神官の声は、石造りの空間で無機質に反響した。
クセノフォンの喉が鳴る。
ここで「行くべきか否か」を問えば、神はあるいは「否」と言うかもしれない。
そうなれば、ソクラテスの前で、俺はどう釈明すればいい?
理性を、その「不知」のために使い続ける生活に、俺は戻れるのか?
クセノフォンは、腰の帯に隠していた銀貨の感触を確かめた。
指先が、刻印されたフクロウの目をなぞる。
「……どの神に犠牲を捧げ、どの神に祈れば、今回の旅を無事に成し遂げ、成功を掴んで帰還できるか。それを教えてほしい」
問いをすり替えた。
その瞬間、クセノフォンのなかで理性の変質が完了した。
理性はもはや、真理を求めるための光ではない。
それは、最悪の状況下で生存率を弾き出すための、冷徹な算盤と化した。
巫女の呻き声が聞こえる。
地下から吹き上がる蒸気が、クセノフォンの全身を包み込んだ。
神官が、断片的な言葉を繋ぎ合わせ、アポロンの「相場」を読み上げる。
「ゼウス。アポロン。そして、ヘラクレス……。彼らに適切な供物を捧げよ。そうすれば、道は開かれるだろう」
明快だった。
あまりにも具体的で、安っぽい答え。
それは、市場で麦を買う交渉と何ら変わりがない。
神殿を出ると、外の眩しさに目が眩んだ。
「どうだった? 神様はなんてさ」
プロクセノスが、暇そうに馬のたてがみを弄りながら聞いてきた。
「犠牲を捧げろってさ。それで全部うまくいく」
「ははっ、そいつは景気がいいね! やっぱり神様も、キュロス王子の味方ってわけだ」
プロクセノスは笑い、自分の馬に飛び乗った。
クセノフォンは答えない。
彼は、自分のサンダルの底をもう一度確かめた。
革紐をきつく締め直す。
指の間に溜まっていた砂が、地面にこぼれ落ちた。
アテネに戻れば、ソクラテスは俺の「ズル」を見抜くだろう。
あの老人の前で、俺はどんな顔をして、この『成功へのマニュアル』を語ればいいのか。
一万人の傭兵。
一万個の、銀貨で買い上げられた肉体。
その巨大な機械の一部として、クセノフォンは再び歩き出した。
すり減った蹄が、乾いた街道を叩く。
果たして、神を道具として使いこなした人間を、神の方は何として扱おうとしているのか。
答えは、砂塵の向こう側に消えていた。




