表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵隊長クセノフォン  作者: 世間の果て
第二章:土地なき市民、誇りなき槍
10/13

自決権の売却

 天幕の外は白く濁った光で、目が痛い。 空の色がよくわからない。灰色に黄色が滲んでいるような、どっちつかずの色だ。


 息を吸うたびに埃が口の中に残って、舌の上でざらつく。遠くで何か燃やしている匂いが混じってくる。右手に革袋を提げている。中には前渡しの銀貨。 歩くたびに袋が小さく揺れて、重さが掌に伝わる。


 広場の石段を上りながら、ふと思い出した。 真夏の昼、鼻の潰れた男が正義だの徳だのと長々と語っていたこと。あの頃はまだ、あの言葉が自分をどこかに連れて行ってくれるような気がしていた。嫌いじゃなかった。今はもう、何が本当なのかよくわからない。


  袋の中で硬貨が擦れ合う音がする。軽く振ってみると、鈍い音が返ってきた。喉の奥に痰がへばりついている。 吐き出すのも面倒だ。


 路地の奥で犬が二匹、骨を奪い合っていた。 毛はぼろぼろで肋骨が浮き、蠅がたかっている。見ているだけで胸がむかむかした。


 柱の陰にプロクセノスが立っていた。 髪に油を塗りたくったのか、妙に艶がある。


「終わったか?」


「まあな」


 袋を放ると、プロクセノスは片手で受け止めた。


「一ドラクマだってさ。今日の相場」


「安いな」


「明日になったらもっと落ちるかもな」


 プロクセノスが小さく笑う。


理屈(ロゴス)はどうしたんだ?」


「置いてきた。邪魔だったから」


 それで会話は途切れた。


 港に近づくと人の数が増える。 座り込んだ傭兵たちが大きな壺を回して酒を飲んでいる。酸っぱい匂いが鼻をつく。


 いつの間にか、売っていた。 まとめて袋に詰めて、銀貨と同じように渡しただけだ。終わってみれば、肩の荷が少し軽くなったような気はする。 考えることが減った。頭の中が静かになった。


 前を歩くプロクセノスが、何かを踏んだ。 乾いた、ぱきっとした音がした。靴底を見ると、黒ずんだ汚れがこびりついている。


 また袋が鳴る。 小さく、乾いた音。それだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ