警報
こめかみが脈打つ。頭に血が溜まる感覚で目が覚めた。偏頭痛だ。
習慣的に左手首に目を落とす。ぼんやり浮かぶのは腕時計の文字盤。
驚いたことに5時間以上、眠っていたらしい。寝不足は覿面に判断力を低下させる。こんな状況で熟睡できた事に感謝だな。
ふと視線を横にずらすと、毛布からはみ出た肉感的な双尻が、無重力にまかせて漂っていた。
シュールな絵面だが、知らず吐息が漏れる。
脱ぎ散らかした二人の衣類や塵紙が、手が届く高さで周回遊泳していた。
”夢じゃなかった……んだよな”
情事の痕跡。生々しい匂いが希薄なのは、空気滞留が起きるせいかも。
このまま彼女を寝かせてやろうと決めつつ、足元のコンソールユニットをぼんやり眺める。
”……先ずはコーヒーチューブを再加熱して航海日誌を……”
思考が仕事に戻りかけた矢先、パネルの明滅に気づく。眠気も頭痛も吹き飛んだ。
上下感覚を失いながらも、ハンドレールを手繰り寄せ、通信機の前に身体を滑り込ませる。
”母船からの無線通信! まさか船長たちが、スペースジャック犯を制圧した?”
リンク承認を済ませ、カールコードで繋がるマイクユニットを手に、耳を澄ます。
「申告はいらん。やっと応答してくれたな」
”誰だ? 知ってる声じゃない”
導き出される可能性は一つだが、やはり現実は受け入れ難い。覚悟を決めてPTTボタン(注1)を押し込む。
「スペースジャック犯が何の用だい?」
努めて感情を乗せないように、一語一音ハッキリと喋る。そう、商船学校で習ったネゴシエーションの基本だ。
ボタンを離すと同時に、何人もの笑い声が漏れ出した。
「漂流してお困りなら、救助して差し上げようかと思ってな」
これで相手が単独犯という可能性は消えた。
嘲笑が収まるのを待って、再びPTTボタンを押し込む。
「せっかくの申し出だが、遠慮させてもらう。他に用が無いなら、船員を早期解放して、早めに司法機関に出頭することをお勧めするよ。スペースジャック犯の検挙率は決して低くないからね」
「面白いな。糞度胸ってヤツか? なんなら質量砲で吹き飛ばしてやってもいいんだぜ」
再び下卑た笑い声が続く間に、これ幸いと深呼吸して状況把握につとめる。
”ハッタリだな”
母船のUHF無線は最良でも通話距離3万kmだが、コチラの現在位置を把握しているかは別問題。
このまま、無線を無視してやり過ごせばいい。
さて、次は船長たちの安否を確認したいところ……。
PiPiPiPiPiPi――突如、ポッド内に大音量で耳障りな警報音が鳴り響く。
”ESM警報!”
続いて船外の複合アンテナではなく、光学シーカーがレーザー波を拾ったらしく、強制的に回線が切り替わる。雑音混じりのUHF音声とは違い、ビデオ映像がコンソールユニットに映し出された。
海賊旗を染め抜いた目出し帽を被った男が、無線と同じ声に挑発的な身振りを加えて喋り出す。
「脅しと思われるのも心外。現在、相対距離6000km、いくら命中精度の悪い質量砲でも等速運動中のポッドに偏差射撃で当てるぐらいは出来るさ」
僕はとっさに通信機のカメラ部を掌で塞ぎ、できるだけ情けない声を作って返答する。
「分かった、降参だ。そちらの要求は?」
演技ではなく、自分の声が震えているのに気づく。軌道変更もビーコン封止も、全てが無駄になった今、何を要求される?
「命が惜しければ、最重要貨物区画の解錠コードを教えろ」
”は? 13桁のアレ? そんなモノ暗記してるワケ無いだろ!”
保安員のアシュリーなら知っているだろうが、ヤツらに彼女の存在を知られたくない。
再び頭をフル回転させる。今こそ、税関相手に口八丁手八丁で煙に巻く副長を見習う状況だ。
とにかく時間を稼いで考えろ。
最初から質量砲で殺すつもりなら黙って撃てばいい。わざわざコードを知りたいから通信してきたんだよな。
じゃあ、僕が死んだら情報源が消える。あれ? やっぱり質量砲撃てないんじゃ……。
「どうして解錠コードを船長や副長に聞かないんです? 僕みたいな下っ端じゃなくてさ」
僕は、思索のラストピースを埋めるべく、駆け引き抜きの質問をレーザー通信の向こうに投げかける。
返ってきた答えは、想像を超える最悪のモノだった。
「あの美人の女医さんは勿体なかったが、非協力的だったんで全員まとめて宇宙に放り出してやったよ」
注1:PTT
プッシュ・トゥ・トーク。母船の全二重通信(双方向同時通話)に対し、ポッドは省電力・小型化を優先した半二重通信(片方向通話)を採用。PTTボタン押下中は送信専用、離すと受信専用に切り替わる。
ESM警報
指向性のあるレーダー波を探知した際に鳴る。




