人魚
電力節約もあり、消灯した船室内は暗闇に近い。
あちこちのハンドレールに貼られた蓄光テープが淡く灯り、静寂に満ちている。
時折、壁面を鳴らすのは、デブリの衝突音だろうか。
なんとなく察してはいたけど、緊張状態が解けないまま寝られそうにない。
「ねぇ起きてる?」
返事を待たず――人影が起き出し、肘と膝だけで無重力を泳ぎながら近づいて来る。
自由で無駄のない慣性制御。身体を覆う毛布が鰭のように緩慢に揺れる。
”……まるで人魚だな……”
見惚れるほど優雅に着地を決めたアシュリーが、僕のベッドに当然のごとく潜り込んできた。
「やっぱり寒い」とか「聞きたいことがある」とか「そっちのベッドの寝心地はどう?」とか色々理由をつけて。
元々一人用に設計されたベッドを二人で分け合うことになるが、拘束ベルトのせいで狭くて近い。嫌でも顔が隣り合う。
別に問題はない。要は、彼女が寝ついた後に、向こうのベッドに移ってしまえばいいだけ。
横顔を盗み見ると、髪型も適当だし化粧っ気も無いのに、やはり美人だ。
互いに無言が続くが、悪くない。独りきりじゃないと実感できる所為だろう。
たっぷり5分は経ってから、船室に小声が響いた。
「私達、これからどうなると思う?」
頭の中で、伝えない方がいい情報を切り捨て、不自然にならないよう説明を切り出す。
「まず大前提ですが……僕ら、かなり恵まれています。なにせ、12人分の備蓄物資を2人で浪費できるワケですから。酸素も電力も、1週間程度じゃ尽きませんよ」
「それに、もう母船からは離れました。一番近い電波灯台――小惑星BS7812――に、少しずつ向かっている最中です。辺境とはいえ、通る船舶はゼロじゃない……助かる可能性、ちゃんとありますよ」
「だから、互いに自暴自棄になるのだけは止めましょう」
無言で頷くアシュリー。
それで会話も尽きたが、彼女が眠りに就く気配は感じられない。
見つめられている気恥ずかしさから、僕は天窓を眺めながらボソリと冗談を漏らした。
「まぁ、シャワーも無い生活に耐えられるかどうかは……別なんだけどね」
なぜか返事は無かった。代わりに冷たい指先が、シャツの裾から潜り込んでくる。
僕の素肌をまさぐりながら、耳元に囁き声。
「ねぇ暖めてよ」
一気に体温が跳ねた気がした。
”この状況下じゃ、流石にマズいって!”
「あの……いつも言ってますが、僕はアシュリーと釣り合うような男じゃないですし、本命は一等機関士のカッセルさんなんでしょ?」
何かを考える顔つきになった彼女が、すぐさま悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あっ、妬いてくれてるんだ?」
今や10本にまで増えた指先の動きは複雑で、止まらない。
「だいたい無重力じゃ勃たないですよ」
なるべく平静を装ってみたが、呆れるほど身も蓋もない台詞が自分の口から出た。
「そう? 試してみる?」
からかうような口調と挑戦的な眼差し。
インナーまで脱ぎ捨て、さらに身体を寄せてくる。
ベッドから僅かに浮かんだ脇腹に、形のいいバストが押しつけられた。
何かを考える余裕が、零れ落ちていく。
どちらともなく重なる唇。
本来あるべき体重を感じないので、どこか頼りない。
舌が、絡む。
記憶にあるままの体臭が僕を昂ぶらせ、支配する。
無重力下でも熱は伝わり、互いの体温と肌触りが交換されていく。
なし崩しに、僕たちは狭いベッドの中でひとつになった。




