餅は餅屋
僕の制服を強引に奪い、ミニチュアボトルのブランデーを飲み干す頃には、アシュリーの息遣いも落ち着いてきた。
安堵に頬が緩むのも束の間、今度は自分の不甲斐なさが広がっていく。
気づけば、愚痴めいた言葉が零れていた。
「船外活動は、やはり……僕が行けば良かった」
「だから『Horses for courses(餅は餅屋)』だって! 船外活動はスピード勝負。不慣れな君じゃ、デブリの被弾確率が跳ね上がっちゃうじゃない」
活動服に穿たれた微細なデブリ痕を指差しながら、ためらいもなくビショ濡れのインナーを脱ぎ出すアシュリー。
まぁ宇宙貨物船の日常風景なのだが、ついチラ見すれば、全裸で舌を出し、やや改まった口調で追い打ちをかけてきた。
「ご要望通り、1基を残して燃料コックを強制閉鎖してきたわ。あとはサード君の出番、そうでしょ?」
その台詞を胸に、僕は無言のまま船室を泳いで、どうにかコンソールユニットに取り付く。
”そうさ。ここからは僕の手番だ”
コンソールに指を滑らせ、積層海図を召喚。
青い輝点は、推定現在位置。
縮尺のせいで静止して見えるが、実際は、4G・3秒間の初期加速による勢いで落下し続けている。
本来なら母船から射出後、時間を置かず逆噴射をかけて減速、ビーコンを発信するのが救助のセオリーなんだが――僕らは、少しでも母船から離れるべき事情があった――結果、ポッドは《商船航路》(注1)から大きく逸脱し始めている。
このまま減速しなければ、半永久的に宇宙を彷徨う特大デブリと化すだろう。
”距離は充分に稼いだはず……”
初ボーナスを注ぎ込んだ腕時計を覗き込むと、母船の切り離しから2時間近くが経過していた。
”ただ待っていても、助けが来る確率は限りなくゼロに近い。だから……”
「多分、かなり揺れる」
そう小声で口にして、新たにスラスター系UIを立ち上げた。
3基のスラスターのうち、2基には使用不能の×マーク。
完璧な船外活動に賞賛を送りつつ、点火シーケンスをスタートさせる。
”アシュリーの命が懸かっている。絶対失敗は許されない”
ホログラフの一角で、船体の三軸姿勢、燃料残量、そして現在速度が、翠に煌めいている。
「バーナーオンライン。燃料レベル最終確認。速力229ノット、変化なし」
船長も副長もいない空間。それでも、号令の真似事が口をついて出た。
注1:商船航路
巨大な天体やブラックホールが織り成す重力均衡帯に沿った、最も燃料効率の良いとされる宇宙航路。




