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凍る宇宙

 ”暖房は最低限……仕方ないさ。電力は温存しなきゃ”


 この宙域は恒星から遠く、船内は冷え切っている。

 僕は身震いしつつ、紺の制服(ブレザー)を羽織る。普段なら多少なりとも誇らしい気分にしてくれる金ボタンや肩章も、今はどうにも心許ない。


 現在、母船から射出された小型救命艇――脱出ポッドは229ノット(注1)で、宇宙空間を滑るように落下中。それでいて船窓からの景色に殆ど変化は無く、まるで静止しているかの様だ。


 ”あっ?”

 一瞬、命綱(テザー)が揺れた気がした。

 何かの合図かと目を凝らす。

 だが星々の光は遥か遠く、目視しづらい。眉根が寄り、鼓動が早打つ。


 Pi Pi Pi(ピピピピ)


 今度は、累積被曝を知らせる警告音(アラーム)だ。

 船底での溶断作業開始から15分が経過したらしい。

 

 声を掛けるべきか迷うが、同僚の集中力を乱すだけだ、と考え直した。

 こんな状況での「大丈夫か?」は、無責任にも聞こえるに違いない。


 口をつぐんで、深呼吸を一つ。

 それでも、胃の周囲は重く、どうにも落ち着かなかった。


 船外活動には、常に二つの大きな危険がつきまとう。

 一つは宇宙放射線による被曝。そしてもう一つは、運動エネルギーが減衰せずに彷徨い続ける宇宙ゴミ(デブリ)の存在だ。

 放射線は長時間作業を避ければ良いが、微小デブリは『不可視の銃弾』にも例えられ、当たりどころが悪ければ致命傷。しかも、ポッド内の備品じゃ応急処置が精一杯ときている。


 ”どうか無事に――”


 船外活動(EVA)スペシャリストでもある同僚と違って、三等航法士(注2)に過ぎない僕は、鉛ガラスに貼りついて祈るしかできない。


 船外は、およそ−270℃・0気圧、真空の地獄。


 無重力の船室には、活動服のマイクを通した酸素供給音だけがヤケに響いていた。

 注1:229ノット

 秒速約 117.8 m/s 時速約 424.1 km/h


 注2:航法士

 かつての航海士・甲板員・通信士を統合した職。

 操船、航路計算、EVA補助、通信、荷役――要するに宇宙航海時代に作られた『何でも屋』ながら、船長や副長職は航法士出身が殆どを占める。

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