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第7話 決行

王太子からの手紙を受け取った男――レグナード侯爵は、机上の封蝋を親指でなぞりながら、しばらく動かなかった。


(……なんだとっ!?まずい…非常にマズイぞ…)


エリシアは奪われ、国王が介入し、保釈金によってアルヴェリア家は牢から解き放たれた。

そして計画に存在しなかった“レイ”という男が現れた。


レグナードは低く呟き、ゆっくりと窓の外へ視線を向ける。

朝靄の向こうに広がっているのは、今回の件で手に入れたアルヴェリア領の街並みだった。


彼は再び机の上の手紙へ視線を戻す。

王太子レオニスの筆跡は乱れており、その文字からは怒りの熱が今なお滲み出ているようだった。


何としてでもエリシアをレオニスの元へ届けなければならない。

そして、そのためにもレイという男も排除しなければならない。


しかし、正面から力で奪いに行くのは悪手だった。

アルヴェリア家は現在保釈の身とはいえ、国王ヴェルフェウスの裁定によって外に出ている。

今ここで露骨に手を出せば、レオニスの怒りより先に国王の目がこちらへ向くことになる。


だからこそ、必要なのは力ではなく策だった。


「……再拘束」


レグナードは静かにその言葉を口にした。

保釈中の者は弱い。

たった一つでも新たな罪を作ることができれば、拘束する理由はいくらでも作れる。

さらに都合のいいことに、そのための材料はすでに揃っている。


レグナードの口元がわずかに歪む。


「奴らは”証文”を必ず回収しに来るはずだ」


”証文”こそが、唯一冤罪を覆す証拠なのだから。


さらにレグナードは、昼間は人目につきやすい以上、奴らが動くとすれば夜だろうと考えていた。

そう判断すると、彼は椅子に深く腰掛け、側近へと命じた。


「今日から夜の見張りは門番の二人だけにしろ」


側近が怪訝な顔をする。


「門番二人だけですか?」


レグナードはと頷いた。


「それから王都の兵にはこう伝えろ。“王都からの連絡だ。連日の警備で疲れているだろう。今夜から門番二人だけ残して休め”とな」


王都の兵は王都の命令でしか動かない。

だが“王都からの命令”と伝えれば疑わない。


レグナードは椅子に深く腰掛けたまま、側近へ視線を向けた。


「それともう一つ、当家の兵にだけ伝えろ」


低く、短い命令だった。


「今後、夜になったらアルヴェリア邸の正面、裏口以外を全て押さえろ」


側近は不思議そうに頷く。


正面の入口と裏口はあえて残し、それ以外の出口はすべてレグナードの兵で固めるつもりだった。

裏口には、少し離れた場所から見張りを置かせ、侵入者を見つけても追わない。

裏口から出てくる瞬間、その時に捕らえる。


レグナードは口元をわずかに歪めた。


証拠隠滅を図った――その罪で再拘束。

エリシアは王都へ。

レイという男は、その場で排除する。

レグナードは静かに呟いた。


「来い。待っている」



早朝、村を出発していた二人はお昼にアルヴェリア領へ到着していた。

レイは一人で領内を歩き回り、エリシアは侵入計画を立てるため二手に分かれた。


税が上がったという話はどうやら事実らしく、市場に活気はなく、露店の店主たちもどこか疲れた表情で客を待っているだけだった。

道を歩く領民たちの会話も小声で、領地全体に重たい空気が漂っている。


レイが水を買い、店先の木陰で休んでいたとき、近くで腰を下ろしていた王都の兵士たちの会話が耳に入ってきた。


「聞いたか? 今日から夜の警備、門番二人だけらしいぞ」

「なんでだ? そんなの今まで一度もなかっただろ」

「王都からの連絡だってさ。連日の警備で疲れてるだろうから休めって」


兵士が笑う。


「たまにはいいこと言ってくれるよな。ありがたい話だ」

「だな」


レイは水を飲みながら、何気ない顔でその会話を聞いていた。


(どういうことだ…、元領主の屋敷を警備するにはあまりにも無警戒すぎないか?)


これは…何かあるな。



夕方。合流したレイにエリシアは屋敷周辺の様子を報告していた。


「なぜか門番の二人以外の兵士がいなくなりました」

「そうか」


レイは昼間聞いた兵士の会話をそのまま伝える。

するとエリシアは少しだけ考え込み、すぐに答えを出した。


「……罠ですね」


彼女は静かに言う。


「おそらく、証文を回収しに来ると相手も考えているのでしょう。私たちが裏口から侵入すると踏んで、それを確認してから出口をすべて塞ぎ、待ち構えるつもりなのだと思います」


レイは頷いた。


「だろうな、そうなると証文はたぶんないだろう」


エリシアは一瞬だけ目を伏せる。だがすぐに顔を上げた。


レイは続ける。


「それでも確認する必要がある。確かめないままでは何も始まらない」


エリシアは静かに頷いた。


「ええ、それにこの屋敷には緊急脱出路があります。屋敷の中でも、私たち家族しか知らない道です。」


レイは小さく笑った。


「なら行くしかないな」



月明かりの下、二人はアルヴェリア邸の裏手へと近づいていた。

屋敷の正門には兵士が二人だけ立っており、槍を持って退屈そうに立っている。


二人は門を避け、屋敷の裏口へと回り、エリシアは慣れた手つきで鍵を外した。


「……開きました」


今回、罠だと承知のうえで、二人はあえて裏口から侵入した。

相手にこちらの侵入を知らせるためだ。


中に入ると屋敷は驚くほど静かで、人の気配はなく、廊下には灯りすらほとんど残っていなかった。

レイとエリシアは足音を殺しながら階段を上がり、二階の奥へと進んでいき、難なく文書庫にたどり着いた。


そして、エリシアは棚から目的の簿冊を取り出すと、机の上へ広げてページをめくり始めた。

紙の擦れる音だけが、静かな部屋に響く。


やがて彼女の手が止まった。


「……ありませんね」


レイも隣に立ち、簿冊を確認する。

予想していた通り、証文は消えていた。


だが、そのときだった。

レイの視線が、ページの隙間に挟まっている小さな紙片に止まる。


レイはそれを取り出した。


破られた紙片。


そして端には、赤い円が途中で切れたような線が残っていた。

おそらく印章の縁だろう。証文を急いで引きちぎった跡に違いない。

レイはそう判断すると、その紙片をハンカチに包んでポケットへしまった。


エリシアが静かに言う。


「行きましょう」


二人は文書庫を離れ、アルフレッドが使用していた部屋へと向かった。

部屋の書棚の奥にある仕掛けを押すと隠された石壁がゆっくりと動き出した。


「これが脱出路です」


そのまま二人はその闇の中へと消えた。



それからしばらく後のこと。レグナードは眉をひそめていた。

なぜなら侵入の報告は来たのだが、その後の連絡がないのだ。


「奴らはまだ出てこないのか!屋敷内を確認しろ!」


命令を受けた兵が慌てて走り去る。


そして、しばらくして兵が戻ってきた。


「屋敷内にいません!」


レグナードの表情が凍る。


「……なにっ?」

「すべて捜索しましたが、おりませんでした」


レグナードはゆっくりと立ち上がった。


(ありえん…)


屋敷は包囲していたはずだ。

出口もすべて押さえていた。

それなのに消えた。


机を強く叩く。


「なぜだ……!」


怒りが静かに燃え上がる。


一方、レグナードが怒りをあらわにしていた頃。

レイとエリシアは脱出したそのままの足でレスティア村へ向かっていた。


そして日付が変わった頃。

レイの前にステータス画面が表示された。


――――――

投資先:エリシア・フォン・アルヴェリア

投資額:金貨45枚

評価額:金貨46枚

前日比:+金貨1枚

――――――

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― 新着の感想 ―
xからきました。 ここまで読ませていただきました。 現段階は、異世界に来てからの地固めと、「投資」という力の試運転期間にあたるのかなと感じています。 ここからは今後の展開についての考察なのですが、…
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