第6話 希望
牢の扉が、ゆっくりと軋みを立てて開いた。
鉄の擦れる重い音が石造りの廊下に響き、その振動が長く閉ざされていた時間を切り裂くように広がっていく。
湿った空気が外へ流れ出し、暗がりの奥から三つの人影が現れた。
横領の真実はいまだ明らかではない。
だが保釈金は支払われた。そして国王ヴェルフェウスの裁定により、エリシアの家族はひとまず拘束を解かれた。
先頭に立つ男――アルフレッド・フォン・アルヴェリア。
アルヴェリア領主であり、エリシアの父親だ。
痩せてはいるが、その背筋は折れていない。
拘束生活の疲労は明らかだったが、瞳の奥にある誇りは消えていなかった。
「……お父様!」
エリシアの声が、廊下に響いた。抑えきれなかった。
理性より先に身体が動いていた。駆け寄り、父の胸へ飛び込む。
「エリシア……」
アルフレッドの腕が娘を抱きしめる。震えていた。
だが確かに、生きている温もりがそこにあった。
母クラリッサは涙を零し、次女リリアは嗚咽を堪えきれず肩を震わせる。
少し離れた位置で、レイはその光景を静かに見ていた。
自分は輪の外にいる。それでいい。今は彼らの時間だ。
やがてエリシアは涙を拭い、今回の経緯を父へ語り始めた。
王太子との対面、賠償金四十五枚、そしてレイの存在。
父はゆっくりとレイの前へ歩み寄り、深く頭を下げた。
「あなたが、我が家族の命を救ってくださった恩人か」
声は落ち着いているが、わずかに震えている。
「アルヴェリア家当主アルフレッド・フォン・アルヴェリア、元侯爵として、そして父として礼を申し上げる」
母も妹も続いて頭を下げた。
レイは軽く手を振る。
「気にするな」
するとそこへ重い足音を響かせながら、王冠を戴いた男がゆっくりと歩み寄ってきた。
「アルフレッド」
低く、響く声。
アルフレッドは家族から離れ、膝をついた。
「陛下」
「余は今回の件、少々腑に落ちぬ。お前を信頼してきたからこそ余計にな」
その言葉に、エリシアの指がわずかに強く握られる。
「だが信頼と裁定は別だ。王は情で判を押せぬ。此度は保釈金が支払われた。よって釈放する。しかしそれは無罪を意味せぬぞ」
広間の空気が引き締まる。
「濡れ衣であるならば、証明せよ。現状、お前たちはあくまで疑いの身だ。王国としてはまだ罪人同然であることを忘れるな」
厳しくも、公平だった。
アルフレッドは頭を垂れる。
「必ずや真実を明らかにいたします」
ヴェルフェウスの視線が一瞬だけレイへ向く。
「この件、余も看過せぬ」
それだけ告げ、王は去った。
◇
一方、王位継承権を停止されたレオニスは玉座の間をあとにし、物凄い形相で自室に向かっていた。
そして、部屋に入るなり手に筆を持ち、誰かに手紙を書き始めた。
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貴様の策は失敗に終わった。
おかげで私は王位継承権が停止され、
あいつを手にすることもできなかった。
それに”レイ”という男。あいつは何なのだ!
今回の件、覚悟しておけ。
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レオニスは手紙を書き終えると、側近に渡した。
◇
アルフレッド達が釈放された時点ですでに深夜を回っていた。
王都で知己を頼るにも宿を取るにも遅すぎる時間だ。
そこで、レイのたちはあの村の宿に向かうこととした。
王都を出るにあたり、レイは金を支払い、荷馬車の荷台を購入し、馬の操り方を軽く教わった。
さすがに、疲労困憊の全員を歩かせるわけにもいかない。
夜道を進む荷台の上、エリシア達は深い眠りに落ちていた。
拘束生活の疲労。
釈放された安堵。
奇跡の再会。
張り詰めていたものが一気にほどけ、全員が泥のように眠っている。
クラリッサは娘を抱き、リリアは姉の肩に寄りかかる。
アルフレッドもまた、浅い呼吸を繰り返していた。
レイは手綱を握りながら、荷台の一家を見つめていた。
(今は休ませてやれ)
本当の戦いはこれからなのだから。
◇
翌朝。
レイたちはエリシアを助けた村へ到着した。先日と同じ宿屋へ向かい、部屋を2つ借りた。
休息を取った後、アルフレッド達はレイの部屋へ集まり、今回の件について話し合っていた。
アルフレッドが改めて口を開く。
「断じて横領などしていない」
迷いのない声だった。
「確かにいつものように税金を私が王都へ持参し、受取人へ渡した。だが数日後、『期日を過ぎている。税を納めよ』という通達が来たのだ」
エリシアは静かに父の話を聞いている。
この話はすでに何度も聞いていた。
レイは腕を組む。
「納税を証明するものは何かないのか?」
「ある。王都の受領証文だ」
アルフレッドは続ける。
「だが証文は屋敷の文書庫にある。兵に屋敷を押さえられたとき、すべてそのままになっているはずだ」
つまり――
証拠はあるが、手が届かないといったところか。
レイは腕を組んだ。
「その証文、なんとか手に入れられないのか?」
アルフレッドは首を振る。
「難しいだろう。屋敷は王国に差し押さえられている。私たちは疑いの身だ。自由に出入りできる立場ではない」
レイは少し考える。
「なら国王に頼むのはどうだ。証文を回収するため屋敷へ入る許可をもらう」
だがアルフレッドは静かに否定した。
「無理だ…、陛下は公平な御方だ。証拠もないまま私たちの言葉だけを信じて許可を出すことはないだろう」
レイは息を吐いた。
「……なら、顔がばれていない俺が侵入して回収する」
その言葉で部屋の空気が凍った。
アルフレッドは即座に首を振る。
「危険だ!!屋敷には兵がいる可能性もある。それにすでにここまで助けてくれた恩人にそんな真似はさせられない」
さらに低い声で続ける。
「それにもし侵入がバレたら、今の私たちの立場はさらに危うくなる」
やがてエリシアが口を開いた。
「……私も行きます。屋敷の中は私が一番よく知っています。文書庫の場所も」
アルフレッドは長く沈黙した。父として止めたい。
だが領主として、この道しかないことも理解していた。
その時。
コンコン。
扉が叩かれる。
「朝食お持ちしましたー」
料理を乗せた盆を持った若い女性が入ってくる。
「お兄さん、また来てくれてありがとう。おかげで儲かってるわ」
この宿の受付にいた女だ。ちなみに後から聞いた話だが、彼女はサーニャというらしい。
レイは何気ない調子で聞く。
「この辺の話を聞きたいんだが。特にアルヴェリア領のことを何か知ってるか?」
サーニャは朝食をテーブルに並べながら答えた。
「んーっとね、あそこは確か最近、新しい領主になったって聞いたよ。なんて言ってたっけな…う~ん…」
頭を抱えたサーニャがハッと思い出したように言った。
「そうだ!レグナードって言ってたよ!」
その言葉に、アルフレッドの手が止まった。
「……レグナード」
「そのレグナード侯爵になってから税が上がったらしくてさ。領民が苦しんでるって話をよく聞くよ。このレスティア村にもアルヴェリア領から移ってきた人が何人かいて、その人たちがよく愚痴ってるんだ」
サーニャは料理を並べ終えると軽く手を振った。
「じゃ、ごゆっくり」
扉が閉まる。
部屋の中に静寂が戻った。
「……一つ聞く」
レイが口を開いた。
「横領の疑いで捕まったとはいえ、こんなに早く次の領主が決まるものなのか?」
アルフレッドは首を振った。
「代理統治ならまだ分かる。だが正式な領主が決まるなど聞いたことがない」
そして静かに言う。
「領主は元来、国王陛下が任命するものだ。だが今回の件を陛下はご存じなかった。そんな状況でレグナード侯爵が任命されたとは考えにくい」
それなのに領主は変わっている。あまりにも早すぎる。
アルヴェリア家が横領の罪で捕まり、領主不在となった領地。
そこへ、国王からの任命が無いのにも関わらず、新領主が誕生している。
偶然にしては出来すぎている。
レイは静かに息を吐いた。
「……やはりまずは、証文を取りに行くしかないな」
アルフレッドはしばらく考えたあと、ゆっくり頷いた。
「……分かった。だが無理はするな。危険だと思ったらすぐ引くと約束してくれ」
レイとエリシアは静かに頷く。
こうして明日、俺とエリシアはアルヴェリア邸へ向かうこととなった。
そこにあるはずの――
無実を証明する証文を取り戻すために。
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