第5話 初投資
王都の玉座の間は、夜であるにもかかわらず明るく灯されていた。
高い天井から吊るされた燭台の炎が揺れ、磨き上げられた石床に長い影を落としている。
その中央、玉座にゆったりと腰掛けているのが王太子レオニス=アルディオンだった。
豪奢な衣装をまといながらも、その姿勢はどこか気怠く、しかし視線だけは鋭く、扉の前に立つエリシアを捉えている。
「……刻限は守ったようだな」
低く、含みを持たせた声が広間に響く。
「で、金は?」
回りくどさのない問いだった。今日が期限であることは双方が承知している。
ここへ来た以上、王子にとって確認すべきはただ一点。
賠償金が用意できたのかどうか、それだけだった。
エリシアは深く頭を下げる。床に映る影がわずかに震えている。
「賠償金の用意が……できませんでした」
その一言で、空気がさらに冷えた。
「お詫び申し上げます。ですが、どうか家族だけはお助けください。私は殿下の仰ることは何でも従います。どのような扱いを受けようとも構いません。私の身一つで足りるのであれば、どうか――」
言葉は途切れそうになりながらも、必死に続けられる。覚悟はある。
だがそれは、追い詰められた末の覚悟だった。
レオニスはゆっくりと立ち上がる。
「それは飲めぬな」
玉座の段を一段下り、その視線が真っ直ぐエリシアを射抜く。
「賠償金は払えぬが、自分の身一つで家族を助けろだと?それがまかり通れば、今回の税収横領の件について国民に示しがつかぬ。王家の威信に関わる問題だ」
理屈は整っている。感情ではなく、公の論理だと装っている。
エリシアは唇を強く噛む。言い返せない。
いや、そもそも返す材料がない。
彼女は最初から交渉の駒を持たぬまま、この場に立っているのだ。
沈黙が広間を支配しかけた、そのときだった。
「あのさ、賠償金っていくらなんだ?」
場違いな声が落ちると衛兵が即座に怒鳴る。
「無礼者! 誰に口をきいている!」
だがレオニスは片手を上げて制した。
むしろ興味深そうにレイを見つめる。
「よい。聞いてどうする?」
レイは頬をぽりぽりとかきながら、気の抜けた調子で答える。
「いやー、それ俺が払ってもいいのかなーって思って」
一瞬、理解が追いつかない沈黙。
そして次の瞬間、広間に笑いが爆発した。
「ははははは!聞いたか?こいつは賠償金を払うと言うぞ!貴様のような得体の知れぬ男が王家に金を施すだと? 身の程を知れ」
衛兵たちも腹を抱える。
「どこの成金だ」
「夢でも見たか」
嘲笑が広がる中、レイはきょとんとしている。
(…多分だけど払えると思うんだけどな)
レオニスは笑いを拭いながら告げる。
「いいだろう、教えてやる。横領した税収が金貨三十二枚。賠償金で十枚。家族三名の釈放金で三枚。合計金貨四十五枚だ」
「一般人が数十年働いてようやく届く額だ。没落したアルヴェリア家では到底払えぬ」
レイは頭の中で換算する。
金貨一枚は百万円。
四十五枚で四千五百万円。
(……思ったより少ないな、一億くらいは期待したのに)
拍子抜けに近い感覚が胸をよぎる。
レオニスは表情をピクリも変えないレイを見て強がっているだけだと思っているようだ。
「おいおい、強がるのはよせ」
エリシアもレイがこんな大金を用意できるとは思っていなかった。
彼の姿を改めて見るが外套の下にも、腰にも、金貨を忍ばせる場所などない。
「いいんです、…もうやめてください…」
エリシアは諦めたように言う。
「ほら、彼女もやめてくれと言っているではないか」
レイは少しだけ考え、それから肩をすくめる。
「仕方ないな。実際に出すか」
次の瞬間、何もなかった石床の上に、重たい金属音が鳴り響いた。
まるで空間そのものが吐き出したかのように、黄金の円盤が一枚、また一枚と現れ、積み重なっていく。
燭台の火を受けて、まばゆい光が玉座の間を染めた。
一斉に笑いが止まる。
「なんだと…!?偽物ではあるまいな!?」
疑われたレイは心外だなと言わんばかりの表情をしていた。
「心配なら手に取ってみるといい」
レオニスは衛兵に命じる。
確認した衛兵は顔を青ざめさせる。
「……本物です」
空気が変わる。
「ばかな……」
それでも王子は食い下がる。
「たとえ本物であっても、その娘はお前に返せぬと言っているがどうするのだ」
「構わない」
即答だった。
「金貨四十五枚だぞ?」
「別に構わん」
なぜなら、レイは金を減らしたいだけなのだから。
そして、その価値観は、ここにいる誰にも理解することができないものであった。
レイは金貨をエリシアへ渡す。
「これはお前のものだ。好きに使え」
「……どうして?」
喜んで受け取ってくれると思っていたのでレイはすぐに答えることはできなかった。
そして、悩んでいるとレイは思いついたように言う。
「投資だ!俺が金を出す代わりに、この世界のことやお前のことを教えてくれ。それがリターンだ」
エリシアはレイが何を言っているのかが理解できなかった。
でも、支払いの代わりに情報を欲している程度のことはかろうじて理解ができた。
「そんなことに……こんな大金を……?」
「情報は生きるうえで不可欠だ。お前がくれる知識や情報が今後、俺をこの世界で生かしてくれる。今ここで俺がアルヴェリア家の命を救うことと変わらないだろ?」
エリシアは泣きながら、しかし微笑んだ。
「あなたは……変わっている。でも、そういうことでしたら、ありがたく頂戴します」
金貨を受け取った瞬間、彼女の身体が淡く白く光った。
レイの視界に、見慣れぬ画面が浮かぶ。
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名前:エリシア・フォン・アルヴェリア Lv.1
年齢:17歳 元侯爵令嬢
才能:
財務管理 C
人心掌握 B
領地運営 C
戦略家 B
統治適性 C
投資額:金貨45枚
評価額:金貨45枚
前日比:±0
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(……なんだ、これは)
今の金貨と関係があるのか。それとも偶然か。
確信は持てない。ただ一つ分かるのは、今の金貨と無関係とは思えないということだけだった。
何かを見て考え込んでいるレイを見て、エリシアが不思議そうに声をかけてきた。
「今のは……?」
「気にするな。ただ投資が完了しただけだ」
エリシアはよくわからないが、今のが悪いことではないと知り、安堵した。
そして王子へ向き直る。
「私はこの金貨四十五枚を今回の支払いに充てさせていただきます」
衛兵へ渡す。
レオニスの顔が怒りで歪む。
「認めん……俺は認めんぞ!」
そのときだった。
玉座の間の大扉が、重く軋む音を立てて開いた。
乾いた空気が一瞬で張り詰める。
誰も命じていないのに、衛兵たちの背筋が伸びた。
「騒がしいな」
静かな足音が、石床を打つ。
現れたのは、王冠を戴いた男――アルディオン王国国王ヴェルフェウス=アルディオンだった。
レオニスの喉が、わずかに鳴った。
「へ…陛下!?」
レオニスが驚く。
それに合わせてその場にいたレイを除く全員が傅いた。
そして、この場にいる面々を一瞥し、ただならぬ雰囲気を感じたヴェルフェウスはレオニスに経緯を説明させた。
そして、それを聞いて激怒した。
「なぜこの件が余の耳に入っておらぬ」
「そ、それは…」
レオニスは顔面蒼白になり、今にも失神しそうになっていた。
ヴェルフェウスは、エリシアのもとへ近づいてきた。
「エリシアといったな。私は君の父、アルフレッドを信頼していた。我に対しての忠義しかり、よき領主であり、民にも信頼されていた。そんな彼が税収を横領したなど信じがたいが、正直、今は真実が分からぬ。」
エリシアは唾を飲むんだ。
「よって、真実が明らかになるまで、アルヴェリア家は領主への復帰は叶わぬ。そして今回、レオニスに支払った金貨は返還もできぬ。」
一侯爵令嬢が国王と謁見どころが会話をすること自体、異例である。
そのため、エリシアは緊張でなかなか言葉を発することができなかった。
「か、構いません!家族が無事であるなら!」
やっとの思いで発せられた一声だった。
ヴェルフェウスは、軽くうなずいた。
そして、冷たい視線を息子へ向ける。
「余に報告せず裁きを進めたこと、法を曲げ私欲に走ったこと、その責を問う。王太子レオニス=アルディオンの王位継承権を、ここに停止する。」
玉座の間が、完全に静まり返った。
そしてそれが、俺がこの世界の再建へと足を踏み入れた瞬間だった。




