第20話 すべては整った
翌朝。いつものように一人の男が熊の獣人の家へと向かっていた。
ドカンっ!!
「邪魔するぜ」
男は扉を蹴り開けた。
だが、家の中は静かだった。
「……あ?」
いつもなら聞こえるはずの怯えた息遣いがない。
男は舌打ちしながら奥へと進み、寝室の扉を乱暴に開いた。
「なんだ、いるじゃねぇか」
ベッドの膨らみを見て、にやりと笑う。
布団を乱暴にはぎ取る。
しかし、そこにあったのは丸められただけの布団だった。
「……は?…どこに行きやがった!!」
怒号が家の中に響いた。
その頃。王都のあちこちで同じような声が上がっていた。
「測定器が消えてる!」
「こっちもいないぞ!?」
怒号と困惑が混ざり、街全体がざわつき始める。
人々の顔には、苛立ちと不安。そして殺気が浮かんでいた。
この国にとって“測定器”とは王国から国民に与えられた娯楽であり、ストレス発散の手段だ。
それが突然消えた。
逃げたらどうなるかは奴らも知っているはずなのになぜ。
男は低く呟く。
「……どこに行きやがった」
同時刻。
兵糧庫前にレイたちが集まっていた。
目の前には、二台の荷馬車。
護衛が三人。
「……お前、仕事早すぎだろ」
「お客さんが求めてるもんをすぐ用意して満足してもらう。それが商売の基本や」
驚いたことに護衛は全員人間だった。
「ワイの商会専属の戦闘員や。安心して使うてええで」
三人は無言で頭を下げた。
「ボノヴォ!ラヴィン!」
レイの声に二人の男が前へ出る。
一人はゴリラ系獣人。もう一人はウサギ系獣人だ。
「昨日話した通り、馬は扱えるな?」
「はい……!」
それからレイは手紙と金貨の入った袋を差し出した。
「これをアルヴェリア領主へ渡してくれ」
二人は強く頷き、荷馬車に乗り込むとすぐに出発した。
その直後、昨夜から偵察に行っていたミレアが戻ってきた。
「戻りました」
「……どうだった」
「夜の警備体制はそんなに厳しくはないです。侵入は可能かと。ただ、街はすでに騒ぎになっています」
「だろうな」
「それと、重要な情報があります」
ミレアの声のトーンが少し低くなる。
「彼らが消えたことで、王国側は暴動を恐れています」
「……暴動?」
「はい。測定器は現国王が作った制度です。このおかげで国王は国民たちから支持を得ています。ですが、それがなくなれば、国民たちが国王を支持する理由もなくなります。これだけの荒くれものを統率し、さらに支持も得ようとするのも難しいですからね」
一拍置く。
「そこで慌てた王国は、見つかるまで地下に捕らえている者たちを新たな測定器として、明日の朝に街へ放つ予定です」
「全員か……?」
「……はい。数にしておよそ百名です」
すると、エリシアが口を開いた。
「……なるほど。レイ様。全員救出する方法があります」
「ほんとうか……?」
全員の視線が集まる。
「問題は人数ではなく、“連れ出す理由”があればいいんです」
静かに言い切る。
「百人でも一人でも同じです。“正当な理由があれば、誰も止めません”」
「……どういうことだ」
「彼らは“物”として扱われています。ならば私たちは、それを“正しく扱う側”になればいい」
サーニャは頭を悩ませている。
「どういうこと……?」
「王国が明日、彼らを放つのであれば、私たちは“事前点検”として今夜、先に全員を牢から出します」
ヤコウがにやりと笑う。
「なるほどなぁ……」
エリシアは続ける。
「私たちの誰かが兵に扮し、“上からの指示で点検を行う”と伝えます。その上で点検ができる部屋へ移動します」
レイが口元を上げた。
「……なるほどな運び出すんじゃなく“点検として外へ連れ出す”ってことか」
エリシアは頷いた。
「事前点検と称すれば怪しまれずに堂々と全員を牢から出せます」
ミレアが口を開く。
「ただし、時間は限られます」
「ええ。明日の朝までに終わらなければ、計画は破綻します」
「……絶対に失敗させない!」
サーニャは力強く言った。
その後、エリシアの指示のもと細かな役割が決まっていく。
ヤコウとサーニャは兵士に扮し、現場対応。
ミレアは再度偵察へ。
レイは全体の指揮を取る。
すべてが、無駄なく組み上がっていく。
そして、夜。
先ほどまでサーニャは落ち着かない様子だった。
だが今は落ち着いている。あるのは、研ぎ澄まされた戦意だけだった。
やがて、ミレアが戻る。
「……エリシア様の読み通りです。王城の警備は明らかに減っています」
さらに続ける。
「昼間、兵糧庫にも兵が来ていました。捜索は確かに始まっています」
「……そうか。兵糧庫から離れていて正解だったな」
レイは一歩前へ出て、全員を見る。
「よし。作戦開始だ」
その一言を皮切りに全員で王都へと向かっていった。
(みんな必ず助けるからね……)
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