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第2話 転生

まぶたの裏が、白く滲んでいた。


ゆっくりと目を開ける。


視界いっぱいに広がったのは、見覚えのない空だった。

どこまでも澄み渡る青。ビルも電線も飛行機雲すらない。

ただ、圧倒的な空だけが広がっている。


「……は?」


体を起こすと、背中で草が擦れる音がした。


俺はなぜか森の中にいた。湿った土の匂い。鳥の鳴き声。風に揺れる葉のざわめき。

都会では決して聞くことのない、生き物の気配に満ちた音。


文明の気配は、どこにもない。


「夢…じゃないな」


頬をつねる。普通に痛い。嫌になるほど現実的だ。


そのとき、頭の奥に鈍い衝撃が走った。

忘れていた記憶が、まるで洪水のように押し寄せてくるようだった。


夜の街。

コンビニの袋。

冷たい空気。

信号待ちの赤。


(どうすれば、資産を0にできる?)


そんなことを考えていた。

何を買っても、どれだけ使っても減らない。むしろ増える。

答えのない問いを延々と反芻していた。


(寄付か?慈善事業か?それとも——)


その瞬間。

強烈な光と衝撃。


体が宙に浮き、視界がぐるりと反転する。

理解するより先に世界が遠ざかっていく。

最後に浮かんだのは、妙に冷静な感想だった。


(あー…結局、使い切れなかったな)


そこで意識は途切れた。



白い世界。

上下も奥行きもない、果てしない白の空間。

そこには光があった。


人の形をしているようにも見える。

だが輪郭は曖昧で強い光に包まれていて姿ははっきりしない。

直視すると目が焼けるような感覚がするのに不思議と視線を逸らすこともできなかった。


『あなたの生は、終わりました』


静かで、どこまでも平坦な声が響く。

耳で聞いているのではなく、直接脳に届いているような感覚だった。


『元の世界におけるあなたの肉体は、もう存在しません』

「俺は、死んだのか」


自分でも驚くほど、すんなり受け入れていた。


『はい』


妙に納得してしまう言い方だった。


「ところで、あんた誰だ?」


光がわずかに揺らめく。


『私は、あなたの世界でいうところの神と呼ばれる存在です』


神様か。なるほど、死後に出てくる存在としては分かりやすい。


「で、なんで俺はこんなところにいるんだ?」

「死んだらあの世に行くんじゃないのか」


短い沈黙のあと、光がゆっくりと脈動した。


『実は、あなたにお願いしたいことがあり、私がここにお呼びしました。』

「お願い?」

『はい。私が管理する世界【ラプサリア】が、現在深刻な衰退状態にあります』


声に感情はない。

だが、その言葉の重さは伝わってきた。


『戦争、搾取、飢餓など多くの者が苦しみ、未来を失いつつあります。本来であれば自然な再生を待つべきでしょう。ですが、その速度では手遅れになる可能性が高い』


わずかな間が空く。


『そこで、その世界の再建にあなたの力を貸していただけないでしょうか』

「俺に!?」

『はい。あなたは価値の流れを動かすことができる存在なのです』

「価値の流れ……?」


聞き慣れない言葉だった。

金の流れなら分かるが、価値となると抽象的すぎる。

光は静かに続ける。


『あなたは気づいていなかったかもしれませんが、前世でもその力は発揮されていましたよ』


思考が止まる。

何もしなくても増え続けた資産。

使っても使っても減らなかった金。


——あれが、力だった?


意味は分からない。だが、なぜか否定する気にはならなかった。


「もし、断ったら?」

『構いません。…その場合、あなたはこのまま無に還ります』


あまりにも淡々とした宣告だった。

少し考える。

前世での資産が使い切れなかった未練はあるが、生への未練はない。

だが、興味はあった。


「面白そうだな。いいだろう」

『ありがとうございます』


ほんのわずか、声に柔らかさが混じった気がした。


「でも、どうやって再建すればいいんだ?」


すると、また白い光が脈動した。


『あなたには前世で築いた資産とスキルを与えます。それらを使って再建していただきます』

「資産も?」

『はい。これであなたの未練もこの世界でなら果たされるかもしれません』


思わず笑う。

なぜそれ(未練)を知っているのかと思ったが、神なら不思議ではないかと思い、聞くのを止めた。


「それはありがたい」

『必要な情報は“ステータス”として確認できます』

「ステータス?」

『「ステータスオープン」と唱えてください』


光がゆっくりと強くなる。


『そろそろお時間ですね。私がお伝えできるのはここまでです』

「え、ちょっと待——」

『それでは、よろしくお願いします』


世界が白に溶けた。



気づけば、森の中にいた。


「あれは、夢じゃなかったのか」


神の言葉を思い出す。


「ステータスオープン」


空中に半透明の画面が浮かび上がった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

【名前】レイ=カミシロ

【年齢】25

【資産】5,075,356,778円

【スキル】投資

【投資枠】3 / 3(使用可能)

ーーーーーーーーーーーーーーーー


「若くなったけど、名前は前世と同じかよ」


思わず苦笑する。


「しかもスキル『投資』って……」


そして、最後の項目に視線が止まった。


「投資枠……?」


三つの枠が空欄のまま表示されている。


「三つまで何かに投資できるってことか……?」


説明はない。だが直感的に理解できる気がした。


「なるほど。金を使うための能力ってわけか」


画面の右端に、小さなタブがあることに気づく。


「……なんだこれ」


試しに触れてみると、別の画面が開いた。


――――――――――

【通貨換算】

白金貨1枚=1,000万円

金貨1枚=100万円

銀貨1枚=10万円

銅貨1枚=1万円

――――――――――


その下に【入金】【引き出し】の項目が並んでいる。


「引き出せるのか?」


半信半疑のまま、銅貨を一枚指定する。

乾いた音とともに、地面の上に小さな硬貨が現れた。


「……本当に出た」


拾い上げると、ずっしりとした金属の重みが手に伝わる。

次に銀貨、金貨と順に出してみる。

硬貨は確かに存在していた。幻ではない。


「これがこの世界の金か……」


ふと、ステータスを確認する。

資産額は——変わっていなかった。


「減ってない?」


どうやら引き出しただけでは資産は減らないらしい。

使用して初めて減るということなのかなどと考えていたそのときだった。

森を抜けた先に、小さな村が見えた。


粗末な木の柵に囲まれた集落で、土の道が中央を貫き、両側には低い家々が肩を寄せ合うように並んでいる。

屋根は藁葺きで、ところどころから薄い煙が立ち上っていた。

前世で見慣れたコンクリートの街とはまるで別世界だが、人が暮らしているという事実だけで胸の奥にわずかな安堵が広がる。


そうして村を眺めていると、入口付近の地面に何かが横たわっているのが目に入った。

最初は荷物か、打ち捨てられた布の塊かと思った。

しかし近づくにつれて、それが人の形をしていることに気づく。


少女だった。


泥にまみれた衣服はところどころ裂け、裾には乾いた血のような黒ずみがこびりついている。

顔色は紙のように白く、唇はかすかに震えていた。

胸が上下していることから、辛うじて呼吸はしているらしい。


「……大丈夫か?」


声をかけても反応はない。

膝をついて肩を抱き上げると、体は驚くほど軽かった。

何も食べていないのか、あるいは極度の疲労か。指先は冷え切っていて、生気が感じられない。


周囲を見回しても、助けを呼べそうな人影はない。

このまま放置すれば、いずれ本当に息を引き取るだろう。


レイはしばらく無言で少女を見下ろしていた。

前世なら関わらなかったかもしれない。面倒事は避ける。

それが安全で合理的だからだ。


だが今は違う。

この世界では何をするにも情報が必要だ。

そのためには誰かと接触しなければならない。


それに——

腕の中でかすかに感じる体温は、確かに生きている証だった。


「……仕方ない」


俺は少女をそっと抱き上げ、村の中へ向かって歩き出した。

未知の世界で初めて出会った人間。

少女の浅い呼吸が胸元でかすかに震えていた。

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