第19話 ヤコウという男
門番の声が夜の静寂を切り裂いた。
「すまないが、荷台を確認させてくれ」
その一言で場の空気が凍りつく。
荷台の中にいる者たちは息を潜め、外にいるレイたちもまた、表情を変えずに緊張を押し殺していた。
だが――。
そんな中でも、ヤコウだけは変わらなかった。
「え~? さっきは別に確認しいひんかったのになんでや~?」
気の抜けた声で、わざとらしく肩をすくめる。
「まあ、別に見せてもええんやけどなぁ……あんさん、覚悟あるんかいな?」
門番は眉をひそめた。
「……どういう意味だ」
ヤコウはにやりと笑い、ゆっくりと荷台を軽く叩いた。
「王国からの依頼でな。とびきり上等な肉を隣国まで新鮮なうちに届けろって話やねん」
わざと間を置き、声を落とす。
「せやから今、この荷台の中にはな……解体前の“丸ごと”の肉がぎょうさん積んである」
門番の表情がわずかに曇る。
ヤコウはさらに畳みかけた。
「中にはなぁ、内臓飛び出とるやつもあるけど品質には問題ないで?むしろ新鮮そのものや」
そう言いながら、ヤコウは布の隙間から顔を突っ込む。
その瞬間、内側にいるレイにだけ聞こえる声で囁いた。
「兄貴。ワイの手に血つけてくれ」
レイは一瞬だけ迷い――すぐに理解した。
躊躇なく、負傷者の血をヤコウの手に付ける。
ヤコウはゆっくりと手を引き抜き、そのまま門番の前へと差し出した。
「ほらな。まだ温いで。綺麗な血やろ?」
門番は思わず顔をしかめた。
鉄臭さが、わずかに風に乗る。
「……それで?」
ヤコウは笑みを崩さず、ゆっくりと一歩踏み出す。
「確認するんやろ?中、見ていくかい?」
沈黙が落ちた。
門番は一瞬迷い――すぐに首を横に振る。
「……いや、いい。通ってくれ」
「あら、残念やな。ほなおおきに~」
ヤコウは軽く手を振り、そのまま何事もなかったかのように馬車を進めた。
誰一人、止める者はいなかった。
門を抜けた瞬間。
張り詰めていた空気が、一気に緩む。
荷台の中でも、小さく息を吐く音がいくつも重なった。
そのまま馬車は速度を落とすことなく進み、やがて兵糧庫へとたどり着く。
到着してすぐ、レイはヤコウのもとへ歩み寄る。
「助かった。お前がいなかったら詰んでたな」
ヤコウは肩をすくめて笑う。
「ええ仕事したやろ?追加で報酬くれてもええんやで?」
冗談めかした口調。
だがレイは真顔で返した。
「……この件が終わったら、考えてやる」
一瞬、ヤコウは目を丸くし――次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
「ははっ、冗談やって。兄貴、おもろすぎやろ」
ひとしきり笑ったあと、ふっと表情を緩める。
「やっぱりついてきて正解やったで」
その言葉には、どこか本音が混じっていた。
やがて、レイは救出した者たちの前へと立つ。
視線が一斉に集まる。
「……いいか。これで終わりじゃない」
静かだが、はっきりとした声だった。
「明日になれば、あいつらはお前たちが消えたことに気づく。そして、いずれここにも辿り着くだろう」
ざわめきが広がる。
だがレイは続けた。
「その前にまずやるべきことがある。今後のためにも、全員の状態を把握したい」
視線をエリシアへ向ける。
「悪いが、聞き取りを頼む」
「承知しました」
エリシアはすぐに動き出した。
一人一人に声をかけ、丁寧に聞き取っていく。
その間、レイたちは少し離れた場所で集まった。
「……これからの話をする」
レイは短く言い、全員を見渡す。
「奴らは必ず探しに来る。見つかれば終わりだ。俺たちも例外じゃない」
全員が頷いた。
「今、考えるべきことは三つある」
指を一本立てる。
「一つ。ここにいる全員の安全の確保」
二本目。
「二つ。まだ王国に捕らわれている連中の救出」
そして、三本目。
「三つ。この腐った国の価値観をぶち壊すことだ」
その言葉に、空気がわずかに変わる。
「まず一つ目だが、もう考えてある。全員をアルヴェリア領へ移す」
エリシアの父が治めている領地。
あそこなら話も通しやすく安心だと考えていた。
「そのために荷馬車が必要だ。ヤコウ、二台ほど用意できるか?」
ヤコウはすぐに答える。
「お安い御用やで。任しとき」
「それと追加だ。馬車を引くやつは彼らの中から選べばいいが、護衛が必要だ。信用できるやつで何人かいないか」
「サーニャ姐さんほどやないが、心当たりがあるで。声かけてみるわ」
「頼む」
ヤコウはにやりと笑いながら付け加える。
「その代わり、成功報酬は弾んでや~?」
「……ああ」
軽く返しつつも、その頼もしさにレイは内心で評価を上げていた。
「次に二つ目」
レイはミレアへ視線を向ける。
「王城のどこにいるか、警備はどうなってるか。侵入するための情報が足りない」
一瞬だけ間を置く。
「危険な役目だ。できるか?」
ミレアは迷いなく頷いた。
「もちろんです。お任せください」
その声には、一切の揺らぎがなかった。
彼女もまたヤコウ同様に頼もしい仲間だ。
「そして最後」
レイはサーニャへと視線を移す。
「この国の価値観を壊す」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「以前にも言ったが、武力じゃない。今回は象徴が必要だ」
サーニャ、そして救い出した者たち。
その存在こそが“証明”になる。
「これについては、エリシアが戻ってきてから話す」
ちょうどそのときだった。
エリシアが戻ってきた。
「レイ様、聞き取りが終わりました」
「おお、ありがとう。……ご苦労様」
レイはエリシアに近づき、軽く頭を撫でた。
エリシアは一瞬驚き、すぐにわずかに頬を赤らめた。
「……いえ…」
それからレイは報告を受け、情報を整理し、今後の動きとすり合わせていった。
必要な人員、足りない戦力、時間。
すべてを頭の中で組み立てる。
そして、レイは小さく息を吐いた。
「……とりあえず、なんとかなりそうだな」
その言葉にみんながわずかに肩の力を抜いた。
だが、それはほんの束の間の安堵にすぎない。
戦いは、これからだった。




