表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/30

第19話 ヤコウという男

門番の声が夜の静寂を切り裂いた。


「すまないが、荷台を確認させてくれ」


その一言で場の空気が凍りつく。

荷台の中にいる者たちは息を潜め、外にいるレイたちもまた、表情を変えずに緊張を押し殺していた。


だが――。

そんな中でも、ヤコウだけは変わらなかった。


「え~? さっきは別に確認しいひんかったのになんでや~?」


気の抜けた声で、わざとらしく肩をすくめる。


「まあ、別に見せてもええんやけどなぁ……あんさん、覚悟あるんかいな?」


門番は眉をひそめた。


「……どういう意味だ」


ヤコウはにやりと笑い、ゆっくりと荷台を軽く叩いた。


「王国からの依頼でな。とびきり上等な肉を隣国まで新鮮なうちに届けろって話やねん」


わざと間を置き、声を落とす。


「せやから今、この荷台の中にはな……解体前の“丸ごと”の肉がぎょうさん積んである」


門番の表情がわずかに曇る。

ヤコウはさらに畳みかけた。


「中にはなぁ、内臓飛び出とるやつもあるけど品質には問題ないで?むしろ新鮮そのものや」


そう言いながら、ヤコウは布の隙間から顔を突っ込む。

その瞬間、内側にいるレイにだけ聞こえる声で囁いた。


「兄貴。ワイの手に血つけてくれ」


レイは一瞬だけ迷い――すぐに理解した。

躊躇なく、負傷者の血をヤコウの手に付ける。


ヤコウはゆっくりと手を引き抜き、そのまま門番の前へと差し出した。


「ほらな。まだ温いで。綺麗な血やろ?」


門番は思わず顔をしかめた。

鉄臭さが、わずかに風に乗る。


「……それで?」


ヤコウは笑みを崩さず、ゆっくりと一歩踏み出す。


「確認するんやろ?中、見ていくかい?」


沈黙が落ちた。


門番は一瞬迷い――すぐに首を横に振る。


「……いや、いい。通ってくれ」

「あら、残念やな。ほなおおきに~」


ヤコウは軽く手を振り、そのまま何事もなかったかのように馬車を進めた。


誰一人、止める者はいなかった。


門を抜けた瞬間。

張り詰めていた空気が、一気に緩む。


荷台の中でも、小さく息を吐く音がいくつも重なった。

そのまま馬車は速度を落とすことなく進み、やがて兵糧庫へとたどり着く。


到着してすぐ、レイはヤコウのもとへ歩み寄る。


「助かった。お前がいなかったら詰んでたな」


ヤコウは肩をすくめて笑う。


「ええ仕事したやろ?追加で報酬くれてもええんやで?」


冗談めかした口調。

だがレイは真顔で返した。


「……この件が終わったら、考えてやる」


一瞬、ヤコウは目を丸くし――次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。


「ははっ、冗談やって。兄貴、おもろすぎやろ」


ひとしきり笑ったあと、ふっと表情を緩める。


「やっぱりついてきて正解やったで」


その言葉には、どこか本音が混じっていた。


やがて、レイは救出した者たちの前へと立つ。

視線が一斉に集まる。


「……いいか。これで終わりじゃない」


静かだが、はっきりとした声だった。


「明日になれば、あいつらはお前たちが消えたことに気づく。そして、いずれここにも辿り着くだろう」


ざわめきが広がる。


だがレイは続けた。


「その前にまずやるべきことがある。今後のためにも、全員の状態を把握したい」


視線をエリシアへ向ける。


「悪いが、聞き取りを頼む」

「承知しました」


エリシアはすぐに動き出した。

一人一人に声をかけ、丁寧に聞き取っていく。


その間、レイたちは少し離れた場所で集まった。


「……これからの話をする」


レイは短く言い、全員を見渡す。


「奴らは必ず探しに来る。見つかれば終わりだ。俺たちも例外じゃない」


全員が頷いた。


「今、考えるべきことは三つある」


指を一本立てる。


「一つ。ここにいる全員の安全の確保」


二本目。


「二つ。まだ王国に捕らわれている連中の救出」


そして、三本目。


「三つ。この腐った国の価値観をぶち壊すことだ」


その言葉に、空気がわずかに変わる。


「まず一つ目だが、もう考えてある。全員をアルヴェリア領へ移す」


エリシアの父が治めている領地。

あそこなら話も通しやすく安心だと考えていた。


「そのために荷馬車が必要だ。ヤコウ、二台ほど用意できるか?」


ヤコウはすぐに答える。


「お安い御用やで。任しとき」

「それと追加だ。馬車を引くやつは彼らの中から選べばいいが、護衛が必要だ。信用できるやつで何人かいないか」

「サーニャ姐さんほどやないが、心当たりがあるで。声かけてみるわ」

「頼む」


ヤコウはにやりと笑いながら付け加える。


「その代わり、成功報酬は弾んでや~?」

「……ああ」


軽く返しつつも、その頼もしさにレイは内心で評価を上げていた。


「次に二つ目」


レイはミレアへ視線を向ける。


「王城のどこにいるか、警備はどうなってるか。侵入するための情報が足りない」


一瞬だけ間を置く。


「危険な役目だ。できるか?」


ミレアは迷いなく頷いた。


「もちろんです。お任せください」


その声には、一切の揺らぎがなかった。

彼女もまたヤコウ同様に頼もしい仲間だ。


「そして最後」


レイはサーニャへと視線を移す。


「この国の価値観を壊す」


ゆっくりと言葉を選ぶ。


「以前にも言ったが、武力じゃない。今回は象徴が必要だ」


サーニャ、そして救い出した者たち。

その存在こそが“証明”になる。


「これについては、エリシアが戻ってきてから話す」


ちょうどそのときだった。

エリシアが戻ってきた。


「レイ様、聞き取りが終わりました」

「おお、ありがとう。……ご苦労様」


レイはエリシアに近づき、軽く頭を撫でた。

エリシアは一瞬驚き、すぐにわずかに頬を赤らめた。


「……いえ…」


それからレイは報告を受け、情報を整理し、今後の動きとすり合わせていった。


必要な人員、足りない戦力、時間。

すべてを頭の中で組み立てる。


そして、レイは小さく息を吐いた。


「……とりあえず、なんとかなりそうだな」


その言葉にみんながわずかに肩の力を抜いた。


だが、それはほんの束の間の安堵にすぎない。


戦いは、これからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ