第16話 新スキル
翌朝、レイが目を覚ましたとき、思っていたよりもずっと静かな朝がそこにはあった。
窓の外から差し込む光は穏やかで、昨日まで肌を刺していたような敵意も怒号も今はまだ届いてこない。
まるでこの国にも平穏な朝があるのだと錯覚しそうになるほどだった。
だが、それは本当にほんのわずかな間だけのことだった。
しばらくして遠くから、歓声のようなものが聞こえてくる。
測定器が使われ始めたのだ。
それが合図かのように街は昨日と同じの顔へと戻っていく。
強者が道具として暴力を振るう日常へ。
「……やっぱり、始まったか」
レイは低く呟き、ゆっくりと立ち上がった。
昨夜のことを思い出す。
計画準備を進める中で、エリシアはルーカスに対して静かに頭を下げていた。
『日中は、できるだけ家の中か人目につかないところで過ごしてください』
その声には、明らかな申し訳なさが滲んでいた。
『私たちが共に行動していると私たちへの監視の目も強まり動けなくなります。……それに私たちと関わっていると知れれば、ルーカス様への暴行がさらに強まる可能性もあります』
言い切った後、エリシアは唇を噛んだ。
『すぐにお救いできず、すみません……』
だが、その場でサーニャがはっきりと言った。
『ルーカス……。絶対に今日で終わらせる』
その言葉にルーカスは少しだけ目を見開き、それから静かに笑った。
『……サーニャさんが戻ってきてくれたんだ。信じてます』
その一言は短かったが、それだけで十分だった。
そして今、レイたちはその約束を果たすため、姿がばれないよう一度国を離れ、郊外にある兵糧庫へと向かっていた。
目的は実際に現場を見て、建物の構造を把握し、襲撃があった際に敵がどのように迎撃してくるかを想定するためだ。
先頭を歩くエリシアとミレアは少し離れた場所で地図を広げ、何やら真剣に話し込んでいた。
侵入経路や合図のタイミングでも確認しているのだろう。
その間、レイは隣を歩くサーニャへ視線を向けた。
「そういえばさ」
「なんだい」
「お前がここの元四天王だったって、昨日初めて聞いたんだけど」
サーニャは少しだけ眉を動かしたが、歩みは止めなかった。
「別に隠していたわけじゃない。話す必要がなかっただけだよ」
「まあ、それはそうか」
レイは軽く肩をすくめる。
だが、ずっと引っかかっていたことがあった。
「前に言ってた怪我も、その頃の話なのか?」
その問いに、サーニャの足がわずかに止まった。
風が一つ、草原を撫でていく。
少しの沈黙の後、サーニャは前を向いたまま口を開いた。
「……帝国北西部で起きた大規模討伐戦さ」
「討伐戦?」
「当時、山岳地帯に巣食っていた魔獣の群れが、人里まで下りてくるようになった。普通の魔獣じゃない。明らかに何者かの指揮を受けて動いていた」
その声は淡々としていたが、そこに混じる重さは隠しようがなかった。
「群れの中心にいたのは、“断腕の魔将”と呼ばれた剣士型の魔族で、速さも技量も異常でね。正面から相対して無事でいられる相手じゃなかった」
サーニャはそこで、自分の右肩から右腕にかけてを軽く押さえた。
「私はそいつと剣を交えた」
「勝ったのか?」
「いや。あと一歩のところで逃げられたんだ。そして、その戦いの代償がこれさ」
そこでサーニャは一度言葉を切った。
わずかに視線が揺れる。
「……ただ、あのときの一撃は、今でもよく分からない」
「一撃?」
「ああ。“断腕の魔将”と交戦中、私はあいつの動きは読めていた。あの距離、あの踏み込みなら――本来、あんな風に崩されることはなかった」
淡々と語るが、その中にわずかな違和感が滲む。
「だが、その直前に別方向から攻撃を受けた」
「……別方向?」
「あの魔族の攻撃じゃなかった。だが戦場だったし、周りには味方も敵も入り乱れていた。流れ弾か巻き込まれたか……今となっては分からない」
サーニャは小さく息を吐いた。
「その一瞬で踏み込みが遅れた。そこをやられた」
そして、右手をゆっくり握る。
「肩から肘にかけて、筋と神経を深くやられた。見た目は治っている。日常生活にも支障はない。だが、剣を振るうとなると話は別だ」
その横顔は、悔しさを飲み込んだ者の顔だった。
「踏み込みと連動して力を乗せる瞬間、どうしても遅れる。全盛期のような斬撃はもう出せない。今の私は……当時の半分以下でしかない」
レイは一瞬、返す言葉を失った。
サーニャはいつだって強く、迷いなく前を歩いているように見えた。
だからこそ、その強さが過去にもっと大きなものだったのだと知ると逆にその喪失の重さが胸にのしかかる。
「……辛い話させて、悪かったな」
レイがそう言うと、サーニャは小さく鼻を鳴らした。
「いいさ。いずれ話そうと思っていたんだ」
だが、完全に割り切れているわけではないことくらい、レイにも分かった。
(全盛期までに戻れなくてもなにかできないか……?)
そう思った瞬間、自然とレイの意識は自分の能力へ向いていた。
スキル【投資】
価値ある対象に資金を投じ、その成長や変化を引き出す、自分だけの力。
エリシア、サーニャ、ミレア――これまでに投資した金額は合計で金貨百二十五枚。
そこから得た結果は確かに大きかった。
ならば今、サーニャに追加投資をすれば、何か変化が起こるのではないか。
レイは懐から金貨を取り出した。
「……どうしたの?」
「追加投資だ。受け取ってくれ」
サーニャは怪訝そうに眉をひそめながら、金貨二十枚を受け取った。
視界の端に、いつものように淡い光が走る。
だが――。
「……あれ?」
レイは思わず声を漏らした。
サーニャ自身には、目に見える変化が何もない。
右腕の状態が急によくなった様子もなければ、ステータスも変化がない。
「大丈夫……?」
「ああ……問題ない…」
追加投資では投資先のレベルが上がるわけでも、身体的に何かが変化するわけでもないらしい。
条件が足りないのか、それとも何か別の方法があるのか。
そのときだった。
視界に新たな文字が浮かび上がる。
レイ=カミシロ:Lv.7 → Lv.9
スキル獲得:《ソーシング》
「……は?」
思わず足を止めた。
レイは表示された説明文を急いで確認する。
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《ソーシング》
周囲五キロ圏内に限り、希望する投資先の発掘・探索が可能。
現在、自身が必要と感じる対象を人・物を問わず検索できる。
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今までは、目の前に現れたものの中から価値を見極め、投資するしかなかった。
だがこのスキルは違う。
自分が必要だと思ったものをこちらから探し出せる。
(人でも物でもいけるのか?しかも五キロ圏内って……かなり広いぞ)
使い方次第では、とんでもなく便利だ。
戦力の確保、重要人物の捜索、必要物資の発見。
(これはかなり当たりだな……!)
新スキルの使い方を考えていると前方で打ち合わせを終えたエリシアとミレアがこちらへやってきた。
二人の表情は真剣そのものだった。
「レイ様。作戦について、共有したいことがあります」
「ああ、なんだ?」
ミレアが地図を片手に続けた。
「今回の作戦ですが、こちらの人数を考えた結果、一点見落としがありました」
そこで彼女は短く息を整えた。
「成功させるには、どうしても必要になる人物がいます」
「そいつがいないとダメなのか?」
「はい。その人の協力がなければ、全員の救出は難しいです」
空気が変わる。
レイはわずかに口元を上げた。
「……どんなやつがほしいんだ?」




