第10話 公爵家
レイは静かにエリシアのステータス画面を開いた。
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エリシア・フォン・アルヴェリア
【人心掌握B+】
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人心掌握が、確かにBからB+へと上がっていた。
(……やっぱりな)
頭の中で状況を整理する。
俺はエリシアの才能の一つ、【人心掌握】があることを思い出し、それに賭けて領民の沈静化を任せた。
結果は成功。
そして今、その才能は確かに成長している。
(投資先の才能を使って成功すると、その才能は成長する。そして翌日、その成果や規模に応じてリターンが発生する……そんな仕組みか)
完全に理解したわけではない。
だが、能力の一端は見えた。
「使い方次第では、便利な能力だな」
エリシアが不思議そうに首を傾げる。
「レイ様?」
「いや、なんでもない」
「とりあえず王都に行こう」
◇
日が落ちかけたころ、レイたちは王都へと到着した。
無事に護衛を終えた冒険者三人は、ギルドへの報告があると言ってここで別れた。
そして、アルフレッドはその足で国王への謁見を求めたが、返答は素っ気ないものだった。
「陛下はお忙しい。後日にせよ」
門番は事務的に告げる。
アルフレッドがわずかに眉をひそめたところで、レイが一歩前に出た。
「じゃあ、直接国王にこう伝えてくれ」
門番の目をまっすぐ見て言う。
「アルヴェリア新領主について、重要な話があるってな」
その言葉を聞いた門番の表情がわずかに変わった。
数分後。
城内から慌ただしい足音が響く。
「……陛下が謁見を許された。こちらへ」
レイは内心で小さく笑った。
(やっぱり食いつくか)
やがて通されたのは王城の謁見の間だった。
玉座に座るのは、この国の王ヴェルフェウス=アルディオン。
重厚な声が広間に響く。
「アルフレッドよ。話を聞こう」
アルフレッドは深く一礼した。
「陛下、まずお聞きしたいことがございます」
顔を上げ、静かに続ける。
「アルヴェリア領の新領主についてです」
王の眉がわずかに動いた。
「本来、領主の任命は国王の裁可を経て正式に決まるもの。しかし、私が投獄された直後に新領主が着任したと聞きました。あまりにも早すぎます」
アルフレッドの声は落ち着いている。
「今回の横領の件……私が投獄されたことは、陛下はご存じではなかった。では、誰がレグナード家を領主に……」
玉座の上で王はしばし沈黙した。
やがて低く息を吐く。
「……その通りだ。此度の件、先ほど判明したところだ」
重い声が落ちる。
「私は我が息子レオニスを尋問した」
謁見の間がわずかにざわめいた。
「最初は口を割らなかった。だが王位継承権の永久停止と国外追放を告げると、すべてを白状した」
王の目が細くなる。
「決定的だったのは、先日レオニスの元へ届いた一通の手紙だ」
短い沈黙が流れる。
「差出人はレグナード侯爵」
空気が一段と重くなる。
「レグナードはアルヴェリア領を欲していた。そこでレオニスに持ちかけたのだ。アルヴェリア家に横領の罪を着せ、領主の座を奪う計画を」
エリシアの表情が強張る。
「アルフレッドが納めた税の受領記録もレオニスの息がかかった役人が改ざんしていた」
そして、王は苦い顔を浮かべた。
「そしてレオニスが協力した理由だが……」
深いため息が落ちる。
「エリシアよ。レグナードに紹介されたお前を見た時、一目惚れしたらしい」
エリシアが絶句する。
「民からは女好きの無能王子と呼ばれていることは余の耳にも入っておったが……ここまで愚かなことをするとはな。恥ずかしい限りだ」
謁見の間が静まり返る。
「そして横領された税は、レオニスがレグナードに祝儀として渡す予定だったらしい」
そして王の声が冷たくなる。
「今、憲兵をアルヴェリア領へ向かわせている。レグナード侯爵を拘束するためにな」
レイは腕を組んだ。
(だいたい予想通りだな)
エリシアもアルフレッドも、驚きは少ない。
レイはふと思い出したように言った。
「……そういえば、これも持ってきたんだが、もう必要ないな」
懐から紙の破片を取り出す。
それを見た瞬間、エリシアの顔が変わった。
「レイ様、それは——」
慌てて隠そうとする。
だがレイは少しにやけながら言った。
「悪いな。無実を証明する証拠として必要だったから、“俺”がアルヴェリア家の屋敷に侵入して手に入れた」
謁見の間が凍り付く。
王がゆっくりとレイを見る。
一瞬、鋭い視線。
だが次の瞬間——
王は突然、腹を抱えて笑い出した。
「はははは!」
広間に大きな笑い声が響く。
周囲の者たちが驚く。
「そうか。“お前だけ”が侵入して持ち帰ったのか」
レイは小さく頷く。
王はすぐに意図を理解したようだった。
エリシアが何か言おうとする。
だがレイは人差し指を立て、口元で静かに制した。
王は笑みを収めて言う。
「安心しろ。その件は不問とする。アルヴェリア家にかけた冤罪に比べれば、些末なことだ」
そして玉座の上から深く頭を下げた。
「此度の件、誠に申し訳なかった」
アルフレッドたちが慌てて声を上げる。
「陛下、おやめください」
王はゆっくりと首を振る。
「息子のしでかしたことだ。謝罪させてくれ」
そして視線をレイへ向けた。
「レイと言ったな」
「あぁ」
「その証拠は決して無駄ではないぞ」
「どういうことだ?」
王は紙片を指した。
「それは王印付き公文書だ」
赤い線を示す。
「王印付き文書の破壊は王国公文書毀棄罪に該当する。さらにそれは、王国への反逆に準ずる罪だ」
謁見の間がざわめく。
「レグナードが認めれば、それで爵位剥奪、国外追放、多額の賠償金請求となる。本来なら処刑だが……今回はレオニスとの共謀だ。一人にすべてを負わせるには重すぎる」
そして王は改めてアルフレッドを見る。
「横領された税は返還する」
一拍置く。
「さらにアルヴェリア家の名誉回復のため——本日より爵位を”公爵”とする」
謁見の間がざわめいた。
アルフレッドが目を見開く。
「陛下……!」
王は静かに頷いた。
「これにて本件は解決だ」
レイは小さく息を吐いた。
こうしてアルヴェリア家の冤罪は完全に晴れた。
失われた名誉は取り戻され、
その家は王国でも指折りの名門として復帰する。
——アルヴェリア公爵家として。




