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古今堂怪異綺譚  作者: 一宮九葉
第1章
8/24

8

「とんでもない! 娘をそんな危険なことに巻き込むわけにはいかん!」


 宗一郎は、志乃を背後に庇いながら、水上に対して拒絶きょぜつの言葉を突きつけた。

 父の必死の形相ぎょうそうに、志乃の心はちくりと痛んだ。

 しかし、ここで引き下がっては、父を永遠に恐怖の中に閉じ込めてしまうことになる。


「お父様、お待ちください」


 志乃は静かに父の袖を引き、一歩前に出た。

 そして、水上と宗一郎の二人を交互に見ながら、落ち着いた声で語り始めた。


「お父様の心配は、ごもっともです。見ず知らずの方に、私を預けるなんて……。ですが、このまま何もしないでいても、きっと良くないことが起こります。玄洋会げんようかいという方たちは、もう私のことを知ってしまったのですから」


 志乃は一度言葉を切ると、水上に向き直った。


「水上さん。一つ、ご提案があるのですが、よろしいでしょうか」


「……何でしょう?」


「先日、私たちが相談した、毎日新聞の岸馬きしばさんという記者を、この件に巻き込むのです」


「志乃! 何を馬鹿なことを!」と宗一郎が叫ぶが、志乃は穏やかに続けた。


「お聞きください、お父様。水上さんにとっては、玄洋会に対抗するための情報や手段が、一つでも多く欲しいはずです。新聞記者である岸馬さんは、その助けになるかもしれません。岸馬さんにとっては、これは記者生命を賭けるほどの大きな話の種になります。そして、お父様にとっては……見知らぬ水上さんと私だけで話を進めるより、信頼できる岸馬さんが間に入ってくださった方が、ずっと安心できるのではありませんか?」


 三人の間に、沈黙が落ちた。

 志乃の提案は、あまりに突飛とっぴではあったが、それぞれの立場から見た利点を的確てきかくに突いていた。

 宗一郎は眉間に深い皺を寄せ、反論の言葉を探しているようだったが、何も思いつかないようだ。


 志乃は、少し悪戯っぽく微笑んで、とどめの一言を放った。


「それに、三者が互いに牽制けんせいしあって協力する形……これを『三つ巴(みつどもえ)』と申しますでしょう? 神社の神紋しんもんにも使われる意匠いしょうですわ。きっと、縁起が良いのですよ」


 どこで聞きかじったのかも定かではない知識を、志乃はさも当然のように披露した。

 そのあまりに場違いで、呑気のんきでさえある言葉に、店の張り詰めていた空気がふっと緩んだ。


 最初に口を開いたのは、水上だった。彼は驚きと面白さが混じったような表情で、くつくつと喉を鳴らして笑った。


「はは……ははは! これは一本取られましたな。まさか、神紋の縁起まで持ち出されるとは。……良いでしょう。その提案、乗りましょう。記者の方が一人加わることで、我々の動きが制約される可能性もあるが、それ以上に得るものがありそうだ」


 水上の承諾しょうだくを得て、残るは宗一郎だけとなった。

 彼はまだ渋い顔をしていたが、岸馬が間に入るという一点が、かたくなな心をわずかに溶かしたようだった。


「……岸馬君が、この話に乗るというのなら……私も、反対はせん。だが、大事な話は、必ず岸馬君のいる前でするのだぞ。いいな、志乃」


「はい、お父様」


 こうして、古物商の父娘、謎の考古学者、そして場末の新聞記者という、奇妙な三つ巴の同盟が結ばれることになった。

 玄洋会という強大な影に対抗するにはあまりに心許こころもとないが、志乃の心には、恐怖よりもむしろ、これから始まるであろう不思議な冒険への、静かな期待が芽生えていた。

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