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『系譜石』が見せた光景と、己の血脈の重さに、志乃はしばらくの間、ただ静かに座していた。
疲労感と共に、これまで経験したことのないほどの大きな責任感が、彼女の小さな肩にのしかかっていた。
しかし、幻視の中で見た光景には、まだ解き明かされぬ謎が残されている。
志乃は、心を落ち着けると、神器の専門家である和泉へと向き直った。
「和泉さん。先程、石が見せた光景の中に……戦国の世の巫女がおりました。その方が、山頂の社で、何か光るものを天に掲げていたのです。まるで、小さな太陽のような……。あれも、『神器』なのでしょうか。そのような品に、心当たりはございますか?」
その問いに、和泉ははっと息を呑み、隣にいた水上と視線を交わした。
水上の表情も、にわかに険しくなっている。
八坂翁だけが、全てを見通したように静かに目を閉じていた。
「……志乃さん」和泉の声は、緊張でわずかに震えていた。「あなたがご覧になったのは、おそらく、『陽霊の玉』でしょう」
和泉はそう言うと、書庫の一角にある、特に厳重に錠をかけられた棚へと向かった。
彼女が取り出してきたのは、黒漆の箱に納められた、分厚い和綴じの書物だった。
その表紙には、『神器典』という金文字が記されている。
「これは、我々『防人』が代々記録し、編纂してきた神器の目録です。ここに…」
彼女は慣れた手つきで頁をめくり、ある箇所を指差した。
そこには、光り輝く玉を掲げる巫女の、精緻な絵が描かれていた。
志乃が幻視で見た光景と、寸分違わぬ姿であった。
和泉は、その頁の記述を読み上げ始めた。
「『陽霊の玉』。太陽の神の御魂、その一部を宿すと言われる宝玉。ただ光るにあらず、万物を育む生命の力と、あらゆる穢れを祓う浄化の力を宿す。その輝きの前には、いかなる闇も影を潜め、いかなる病も癒えると伝えられる…」
そこまで読むと、和泉は一度言葉を切り、志乃の顔を心配そうに見つめた。
「ですが、続きがあります。『…されど、その力、あまりに強大にして清浄なるが故に、常人にはその輝きに耐えること能わず《あたわず》。長きに渡りこれを持てば、魂魄焼き尽くされ、灰燼に帰すであろう。また、その大いなる光は、闇を祓うと同時に、深き闇に潜むモノどもを強く惹きつける。故に、これを扱えるは、清浄なる『鎮めの血脈』を持つ者のみと心得よ』…と」
志乃は、ごくりと喉を鳴らした。
幻視に現れた巫女は、自分と同じ『鎮めの血脈』を持つ先祖の一人なのだ。
彼女は、この危険な宝玉を、その身一つで扱っていたことになる。
「その『陽霊の玉』は、今どこに?」
志乃の問いに、水上が重い口調で答えた。
「分かりません。それが、我々が長年追い続けている謎の一つです。古文書によれば、戦国の世の終わりに、ある巫女がそれを携え、乱世の穢れから隠すために、どこかへ姿を消した、とだけ記されています。その行方は、今もって知れない」
八坂翁が、静かに目を開いた。
「乙女よ。そなたが見た幻視は、ただの過去の記憶ではないやもしれん。それは、来るべき未来への、道標であった可能性が高い。玄洋会が『鎮めの石』を手に入れた今、彼らが次に求めるのは、その力を増幅させるための、より強大な神器じゃろう。おそらくは、この『陽霊の玉』…」
新たな神器の存在が明らかになり、事態はさらに複雑さと危険性を増していた。
玄洋会が玉の存在に気づくのも、時間の問題かもしれない。
そして、その在処を示す唯一の手がかりは、今や志乃の記憶の中にしかないのだ。




