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古今堂怪異綺譚  作者: 一宮九葉
第2章

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 八坂やさかおうの言葉は、志乃の心に不思議な静けさをともなって腑に落ちた。

 自分が『しずめの乙女おとめ』であるという途方もない事実は、恐怖よりもむしろ、これまで感じていた漠然ばくぜんとした疑問に対する一つの答えを示した。

 海龍が自分に向けた視線、水上の真摯な眼差し、そして父の過剰なほどの心配。

 それら全てが、この一つの言葉によって繋がった気がした。


 彼女は、巻物を丁寧に桐箱きりばこへ戻す翁の姿を静かに見守った後、今度は銅鏡を磨く和泉の方へと向き直った。

 和泉は、先程の興奮が冷めやらぬといった様子で、熱心に作業を続けている。

 その指先は繊細で、古びた神器に新たな命を吹き込んでいるかのようだった。


「和泉さん」


 志乃が声をかけると、和泉ははっとして顔を上げた。


「はい、志乃様」


「先程のお話にあった、『神器じんぎ』について、もう少し教えていただけますか。あの石の他にも、色々あるのでしょう? どのようなもので、どのように扱うべきなのか…少しでも、知っておきたいのです」


 それは、これから自分が関わる世界の道具について、その性質と作法を学んでおきたいという、古物屋の娘らしい実直じっちょく探究心たんきゅうしんからくる言葉だった。

 水上と八坂翁は、その様子を興味深げに見守っている。


 和泉は、志乃の真剣な眼差しに一瞬戸惑ったようだったが、やがて得心とくしんしたように頷いた。


「はい、もちろんです。…いえ、むしろ、あなた様にこそ知っておいていただかねばならないことでした」


 彼女は作業の手を止めると、志乃を自分の作業机の隣へと招いた。

 机の上には、銅鏡の他にも、欠けた土器や、奇妙な文様の刻まれた石器などが並べられている。


「一言で『神器』と申しましても、その性質は様々です。八坂翁が研究されているように、それらは元々、この国の龍脈りゅうみゃく…大地の力の流れを整えるために、いにしえの人々が作り出したものだと考えられています」


 和泉は、机の上の品々を指差しながら説明を始めた。

 その口調は、まるで女学校の先生が、熱心な生徒に講義こうぎをするかのようだった。


「例えば、志乃様がご覧になったあの『鎮めの石』。あれは、龍脈の乱れを鎮めるのではなく、逆に増幅ぞうふくさせ、一点に集める力を持つ『集めの神器』です。玄洋会げんようかいは、その力を利用して、意図的に災厄さいやくを引き起こすつもりなのでしょう。紀伊半島で使われたという『水龍みずちの玉』も、同じたぐいのものです」


「では、この小箱は?」志乃は、机の隅に置かれた螺鈿らでんの小箱を指差した。


「この『鎮魂藻ちんこんそう』で編まれた小箱は、まさに『鎮めの神器』ですね。集められた力を、内に封じ込める働きがあります。本来、あの石とこの箱は、一対いっついで扱われるべきものでした。石の力を箱で封じ、必要な時にのみ、最小限の力を引き出す…それが、古人の知恵だったのです」


 和泉は、次に錆びた一本の短剣を手に取った。

 刀身には、蛇が絡みつくような奇妙な模様が刻まれている。


「これは『断ちの神器』。目に見えぬえにしや呪いを断ち切る力がありますが、使い方を誤れば、人の命運さえも断ち切ってしまう。そして…」彼女は、今磨いていた銅鏡をそっと持ち上げた。「これは『写しの神器』。ただ姿を写すのではなく、真実の姿…あるいは、人の心の奥底にあるものを映し出すと言われています。ですが、力が強すぎるためか、長い間曇ったままで、誰もその真の力を引き出せていません」


 集めるもの、鎮めるもの、断つもの、写すもの。

 それぞれが、異なる力と役割を持っている。

 志乃は、父の店に並ぶ様々な品々を思い浮かべた。

 どの品にも来歴らいれきがあり、それぞれの物語がある。

 神器もまた、その来歴が途方もなく古く、物語が人の世のことわりを超えているだけなのだ。

 そう思うと、不思議と心が落ち着いた。


「扱う上で、何か作法はありますの?」


「はい」和泉は、表情を引き締めた。「最も重要なのは、敬意を払うことです。これらは、ただの道具ではありません。大いなる力の宿る器であり、時にはそれ自身の意思を持つことさえあります。触れる前には、必ず心身を清め、精神を集中させなければなりません。そして…」


 彼女は、白い絹の布を取り出すと、それを丁寧に広げた。


「決して、素手で長く触れてはなりません。常人であれば、その気にてられ、心を病むか、体を壊してしまいます」


 和泉はそう言うと、絹布で手を覆い、螺鈿の小箱をそっと持ち上げた。

 そして、それを志乃の前に差し出した。


「志乃様。よろしければ、お持ちになってみてください。あなた様ならば、あるいは…」


 志乃は、一瞬ためらった。

 だが、和泉の静かな瞳に促され、恐る恐る小箱を受け取った。

 布越しに伝わる感触は、ただの古い木箱のそれだった。

 しかし、意識を集中させると、その奥に、かつて石が放っていた脈動の、ごく微かな残響ざんきょうのようなものが感じられた。

 それは、もはや禍々《まがまが》しいものではなく、ただ静かに眠っているかのようだった。

 そして、志乃が箱に触れている間、その残響がさらに穏やかになっていくのを、彼女自身、はっきりと感じ取ることができた。


「……やはり」


 和泉が、小さな驚きの声を上げた。

 水上と八坂翁も、固唾かたずをのんでその様子を見守っている。

 志乃は、自分が何か特別なことをしているという自覚はなかった。

 ただ、埃をかぶった品を丁寧に拭ってあげるような、そんなごく自然な気持ちで、小箱に触れていた。

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