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水上が席に着くと、四人を囲む空気だけがシンと静まり返った。
志乃は、父との約束通り、口を開かずにじっと座っている。
彼女の役割は、今はただ見守ること。父と、その友人と、そして目の前の謎めいた学者とのやり取りを、一点も見逃さぬように。
最初に口火を切ったのは、岸馬だった。
彼はテーブルに肘をつき、鋭い目で水上を射抜くように見つめた。
「水上、だったかな、先生。単刀直入に聞く。あんた、一体何者だ? 俺の旧友とそのお嬢さんを厄介事に巻き込んで、何が目的なんだ」
その問いに、宗一郎が補足するように続く。
「岸馬君の言う通りです、水上さん。あなたの仰る『玄洋会』だか何だか知りませんが、我々はもう関わりたくない。石はもう、我々の手にはないのです」
二人の男たちの切迫した言葉を、水上は冷静に受け止めていた。
彼は一度ゆっくりと目を閉じ、そして静かに開いた。
「お気持ちは察します。ですが、関わりたくない、で済む問題ではないことは、ご主人が一番お分かりのはず。玄洋会は、一度目を付けた獲物を決して逃がさない」
水上の言葉は淡々としていたが、否定しようのない事実の重みがあった。
「私の目的は、彼らと同じく『神器』を確保すること。ただし、彼らが力を解放し、私利私欲のために使おうとしているのに対し、我々はそれを再び正しく封印し、世の安寧を保つことを目的としています。我々は、彼らの暴走を止めるための、防人なのです」
志乃は、水上の顔をじっと観察した。
彼の言葉には嘘や欺瞞の色は感じられない。だが、その瞳の奥には、学術的な探究心とも違う、ある種の使命感に燃える、冷たい炎のようなものが揺らめいていた。
この人もまた、玄洋会とは別の意味で、常軌を逸した世界に身を置く人間なのだと、志乃は直感した。
「神器、か」岸馬が吐き捨てるように言った。「そんなお伽噺を、本気で信じていると? その石ころが、一体何だってんだ」
「石ころ、ではありません」水上は、岸馬の嘲りをものともせずに続けた。「あれは、いわば音叉のようなもの。この日の本の国に眠る、龍脈の力を呼び覚ますための鍵です。使い方を誤れば、帝都に未曾有の災厄を招くことになるでしょう」
龍脈、災厄。まるで講談師の話を聞いているかのようだった。
しかし、あの石の異常な脈動を体験した志乃と宗一郎には、その言葉を一笑に付すことはできなかった。
「それで、なぜ娘なんだ」宗一郎が、震える声で尋ねた。「なぜ、私の娘が……」
「それこそが、我々が今、最も知りたいことなのです」水上は、その視線を真っ直ぐに志乃に向けた。「我々の知る限り、『鎮めの石』が人のそばでその力を鎮めた例はない。志乃さんの存在は、全ての前提を覆す、唯一の例外なのです。玄洋会も、いずれその事実に気付くでしょう。そうなれば、彼らの狙いは完全に、あなたへと移る」
父と岸馬が息を呑むのが分かった。
しかし志乃は、水上の視線から目を逸らさなかった。
恐怖よりも、自分の内に向けられた、純粋な問い。
自分とは、一体何者なのだろうか。
「……つまり、あんた方は、嬢ちゃんを調べたい。そういうことか」
岸馬が、核心を突いた。
「言葉は悪いですが、その通りです。そして、その調査こそが、彼女を守る最善の策だと、私は確信しています」
テーブルの上で、三人の男たちの視線が交錯する。
父の不安、岸馬の猜疑心、そして水上の揺るぎない確信。
志乃は、その三つの視線を受け止めながら、自分がこれから進むべき道を、静かに見定めようとしていた。




