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”天才” 神方 早絵

 人と関わらないのは楽だ。


 自分のことだけ考えていればいいから。


 一人は楽だ。


 余計なことは考えなくて良いから。

 

 だから、本当は出会いたくなんてなかった。

 

 きっと、そうだ。



「だーかーら、俺は、戦略的孤独を選んでいるんだ。いわば栄光ある孤立、19世紀のイギリス!」


「はぁ、なんだよ、それ……」


 昼休み、まだまだ暑さの残る九月。俺は唯一の友人であり親友である颯也(そうや)と中庭でご飯を食べていた。今しがた、颯也からのカラオケの誘いを断り、持論を力説していた。


「まぁ、別に、圭がどういう生き方をしようとかまわないけどさ。人の遊びの誘い断る癖に、やれ、暇だの、退屈だの送ってくるのやめてくれる?」


「う、ま、まぁ、確かに。別に仲良い奴と遊ぶのまで嫌いなわけじゃなくて、多数というか」


「なんで、そう人と関わるのを嫌がるかなぁ。周りの人間はお前が思ってるほどお前のこと嫌いじゃないぞ?」


「別に、嫌われているのが嫌なわけじゃない。同化したくないだけだ」


「同化ねぇ、まぁ、いいけどさ。俺は、お前のこと面白いと思ってるから一人でいるのは勿体無いと思うんだけどな。あ、連絡きてる。じゃあ、彼女が呼んでるので、おさらば」


 そう言って、颯也は食べかけの弁当箱を片付けると走って校舎の方に向かった。


「はぁ、あっつ。なんもしなくても汗かく。地球温暖化め……」


 まぁ、外の空気を吸うべきだ、なんて訳の分からないことを言い出して外に連れ出したのは俺の方なのだが。


 中庭は綺麗だ。流石私立高校、生徒から絞り上げた金をふんだんに使った中庭には、一面芝生が生え、よく分からない現代アート的オブジェが庭の中央には鎮座している。いわゆる、映えるような庭なのだろうが、気温が連日30度を超えるようなこの頃、利用する生徒は少ない。


 暑いのは嫌いだが、夏は嫌いじゃない、この世界が眩しく、水彩画みたいな鮮やかさが嫌いじゃない。


 足元の芝生を眺めながらご飯を食べ進める。


 自然を嫌いだとは思わないが、植物系の美しさというのはイマイチ分からない。


 どう楽しめばいいのだろう。


「あれ、ストーカー男が中庭で飯食ってる。ぼっちじゃん、ウケる」


 中庭を囲うようにある一階廊下。ちょうど、俺の背中側に位置する廊下から、そんな声が聞こえてきた。いったいぼっちの何がウケるというのか、お前らの感性に俺はウケるよ。

 

 風が入るように窓が開いているから声がこっちに筒抜けだ。聞こえてないとでも思っているのだろうか。

 

 チラリと後ろを見る。


「やべ、こっち見た。ストーカーされたら嫌だわ、逃げよ」


 知らない女子生徒だった。


 颯也め、嘘をつきやがって、やっぱり嫌われてるじゃないか。まぁ、アイツはいい奴だから、アイツの周りで俺のことを悪く言う人が少ないのだろう。俺と颯也が幼馴染だと知る人も多い。


「はぁ、人間というのはなぜこうも、おぞましいのか。生まれ変わったら、クリームパンになりたい。というか、人間は増えすぎたと思わんかね」


「そう? 私は人がたくさんいるのって面白いなって思うけど」


「いやいや、面白くないでしょ。人間なんて、ただの加湿器じゃん。汗がローズの香りの素敵生物ならまだマシかもだけど、実際はそんなことないからね。満員電車とか、なんの地獄だ」


「あははは、面白いね。君」


「俺はラノベとかでヒロインが面白いね君、っていうシーンの会話大体そんなおもんない説を押しているのでやめてもらえま、す……誰ですか?」


「え、あぁ、私? というか君は誰よ」


「……俺は、漆原 圭(うるしばら けい)です」


「私は神方 早絵(かみがた さえ)


 そう言って、じっと俺の目を覗き込んでくる。


 近い……。リボンの色からして三年生か。


 仰け反るとその分近づいてくる。


「私ね、絵を描いてるの」


 目が、ガン開きだ。どんどん近づいてくる。


「そう、なんですか。へぇー、それはすごいですね」


「うん」


 すごいんだ。認めたよ、この人。


 ダメだ、こういう変人は相手にしてはいけない。脳が揺さぶられる。


 広げていた弁当をパパッと片付けて、そそくさと退散しようとしたが襟を掴んで止められた。グエっと、カエルみたいな声が出る。


「私ね、人の内側のエグいところを絵に描くのが好きなの」


「なんですか、エグいっところって」


「あなたの目は良いね。暗澹としていて」


「会話が成立しないだと……」


 ザ・個性みたいな人に良いと言われて一瞬嬉しくなってしまったが、俺は同化したくないのであって、変人になりたい訳じゃない。変人というのは基本迷惑な存在だ。人に迷惑をかけるのは俺の主義に反する。


「ほら、こっち見て」


 ゴギっと、首を後ろに向かせられる。今明らかになっちゃいけない音がしたんだけど。


「人の内側を描きたいなら一生自画像でも描いといてくださいよ。他人の内側なんて分からないでしょ」


 仏の顔も三度までなら、俺の顔は何度までだろう。少なくとも首は一度で逝った。


「そうでもないよ。こうやって目の奥を見れば私には見えてくる」


 自信満々なこと。ただの厨二病か、もしくは天才だ。どちらにしろ関わりたくはない。


「目の奥見たって見えるのは自分の顔だけですよ。神方さん」


 そう言って、彼女の肩を押し、離れさせる。


「それでは、そろそろ昼休みも終わるので」


 今度は引き止められなかった。振り返らずにずんずんと歩いて、中庭を出る。


 あ~、あっつい。神方さんって先輩かな。喉乾いた。


 設計ミスか、あるいは、いやがらせで教室に戻るには、中庭の周りの廊下をぐるっと少なくとも半周しなくてはならない。その途中で神方さんがどうしているか気になって中庭を見た。まさか、追ってきてるとかはないと思うけど。

 

 果たして、そこには、そのまさかをこえて、芝生に倒れ込む神方さんの姿があった。


「ちょ、何やってるんですか!」


 窓から身を乗り出して、中庭に出る。


「あ、ケイくん。ごめん、暑すぎて、死ぬ。無理」


 え、ちょ、嘘だろ。あの一瞬でバテたの?


「ちょっと、立ってください! あの!」


 反応がない。確かに、顔がちょっと赤いかも。しょうがない。保健室まで、運ぶか。


 引きずっていくわけにもいかないので、なんとかお姫様抱っこしてみる。


 流石に、この年の人を持つと重いが、神方さんはかなり軽い方なのだろう。自分一人でもなんとか持てた。


 誰かに見られる前に、早く保健室に行こう。




 神方さんを無事保健室まで送り届けて、教室に戻ったのは授業開始2分前だった。


「遅かったじゃん、圭」


「なんか、変な人に絡まれた」


「なんじゃそりゃ、あ、先生きた。あとで話聞かせろよ」


 顔の広い颯也なら、神方という人のことをなにか知っているだろうか。



 次の休み時間、颯也は俺の机のところまで来た。


「それで、いつにも増して疲れた顔で現れた圭さんや。何があったんだい」


「神方 早絵っていう人に、絡まれた。なんか目がいいって」


「へぇ! あの神方さんに? にしても目がいいって、この死んだ魚のような目のどこが良いんだろうな」


「なんでも、暗澹としているんだってさ」


「あはは、それはそうかも」


 颯也は愉快で仕方がないという風に笑った。


「ところでさ、神方さんって有名なのか?」


「いや、ほら、よく表彰されてただろ」


「そうなの……」


「なんなら、学校の玄関に絵が飾られてるから見てきなよ」


「へぇ」


 有名人なら余計に関わりたくない。気の抜けた返事をして、お茶を一口飲む。


「あぁ、でも、まぁ、狂人とも聞くなぁ。なんか肖像画描いてる時に、お前の血を描くんだからお前の血を使うのが一番かとか言って切り掛かったらしい」


「嘘だろ、それ……。狂人というか、犯罪者じゃん。流石に、それはないだろ」


「まぁな」


 うーん、しかし、今日のあの血走ったような目が俺を不安にさせる。


「まぁ、もう関わることはないでしょ」



 甘かった。


「はぁはぁ」


 廊下の角に隠れて、息を整える。


 変人どもの自分中心の世界観を舐めていた。まさか、放課後いきなり教室に現れるなんて、クラスいつバレたんだ。


「見つけた」


「わっ」


 え、嘘。見つけるの早。


「じゃあ、はじめよっか」


 そう言って、神方さんは俺の目の前に胡座を描いて座ると、スケッチブックと鉛筆を取り出して、絵を描き始めた。


「ここで始めるんですか?」


「嫌?」


「人に見られるんで」


 多分、この人からは逃げられない。目がそれを物語っている。猛禽類の目だ。


 それならもういっそ、早く済ませてしまおう。


「じゃあ、部室行こっか」



 この学校の校舎はどちらかといえば大きい部類に入ると思う。


 本館から渡り廊下を渡った西館3階。そこに部室があった。

中には、キャンパスを置くための土台が一つ、その前に椅子が一つ。あとは棚にスケッチブックなんかが詰められていた。窓が全て開け放たれていて、風がカーテンを揺らす。


 日はまだ落ちていなかった。


「案外、もの、少ないんですね。ここ美術室とは違いますよね」


「うん、ここは私用の部室」


「おぉ、すごいですね。特別扱いですか?」


「うん、他の部員と揉めたから」


「…………」


 なるほど。すごく、納得した。想像も容易にできる。


 神方さんは、鍵付きのロッカーから道具を取り出し、どれにしようかなぁなんて呟いていた。


「そこの椅子に座って、じっとしててね」


「……分かりました」


 なんか、モデルって恥ずかしいな。神方さんが他の部員と隔離されててよかった。他の部員も部屋にいたら俺は居た堪れなくなっていただろう。今の状況も十分キツイが。


「角度って」


「横に振り向くみたいな感じで、私の方を見て」


「こうですか?」


「そう、それ、完璧。すごいね、自撮りとかよくするの?」


「いや、しないですよ」


「そっか。じゃあ、君は自分をずっと見てる人だ」


 うーん、どういう意味なんだ。それは。というか、このポーズをずっとしているのか。首が痛くなりそう。


 さっきのスケッチブックを取り出してから、そうなんだが、絵を描き出した神方さんは意外と寡黙だった。


 淡々と、でも情熱的に、絵を描いている。度々、こっちを見てくる目が鋭く、俺の身体中を探る。貫かれてしまいそうだ。その視線によってかは分からないが、自分の体の輪郭が定まっていくようなそんな不思議な感覚があった。


 多分、今、アタリとかそういう風に言われることをやっているんだろうな。


 十分、二十分。壁に掛けられた時計の針が聞こえるような静寂の世界。


 神方さんの頬を汗が伝う。エアコンをつけていないからこの部屋の気温は結構高い。神方さんは頬を肩で拭うと、そのまま絵を続けた。


 神方さんの手には迷いがない。こちら側からはよく見えないが、もう下書きは完成したらしい。

水彩絵の具か。


 一度部屋を出た神方さんは筆洗バケツに水を入れて帰ってきた。筆を濡らし、絵の具をとり、塗る。一連の動作に魅了される。その指先が描きだす世界はどんなものなのだろうと、想像させられる。


「あ、あの、すみません」


「何?」


「水、飲んでも良いですか?」


「え、これ?」


 そう言って筆洗バケツを見せる。とてもじゃないが人間が飲めるような色はしていない。


「いや、普通に喉が渇いて」


「あ、確かに、そうだよね。ごめん、うっかりしてた。私も、やばい、喉乾いて死ぬ……」


 そう言ってフラフラと神方さんは部屋を出た。


 神方さんに続いて、俺も部屋を出る。


 そのとき、横目に、神方さんが描いている俺の絵を見た。


 神方さんは廊下の水道の蛇口を上むきにして水を飲んでいた。濡れないように長い髪を耳にかける仕草が妙に色っぽく見えた。


 一個蛇口を挟んで左隣に立ち、自分も同じように水を飲む。


「あの、なんで部員と揉めたんですか?」


 神方さんは、黙って俺に顔を向けた。聞いてはいけなかっただろうか。


「今日は日が暮れるね」


 会話が成立しないだと。


「そうですね、もう、9月ですから。段々日が短くなってきました」


「モデルやったことあるわけじゃないんだよね。あんなにじっとしていられたの君が初めて」


「そうなんですか? 動いちゃダメなものかと」


「うん、まぁ、それでも動いちゃうものでしょ。でも、目はずっとギョロギョロ動いてた、逆に良かったから何も言わなかったけど」


 すごい、観察されてた。そうなのか、じっとしている分、視線が分かりやすいのかな。神方さんの動きを見ていたのがバレただろうか。


「なんで部室、エアコンつけないんですか?」


「うーん、暑い方がさ、熱中してるって感じがして良くない? 今日もさ、中庭で絵を描いてたの。そしたら君が女生徒に送る熱い視線が見えてね。あ、そうだ。もしかして、保健室に運んでくれたのってケイくん? ありがとね」


「いや、まぁ、はい。どういたしまして。ただ、その熱い視線ってのは取り消してください。冷ややかな視線です」


「あぁ、まぁ、確かに。そうかも」


 神方さんは、何が面白かったのかクスクスと笑った。


「なんで、部員と揉めたかって言ってたね。まぁ、なんとなく想像はつくと思うけどさ。去年の夏前ぐらいからちょっと仲は悪くなりつつあったんだけど、なんか部員同士でお互いに肖像画的なの描くってなってさ。それで、描いたら、怒っちゃった。見たまんまを描いたって言ったんだけどね」


 いや、それは多分。見たまんまと言ったから怒ったんだろう。


 なるほど。未完成の絵に対して感想を言うのはどうかと思うが、さっき見た俺の絵。少なくともあれは人の形ではなかった。異形だ。


「そうですか、まぁ、天才は理解されないとよく言いますからね」


「まぁね、みんな縛られすぎなんだよ……。だから、うん、正直になって嫌われちゃうんだったらいいよ」


 神方さんの表情は寂しそうに見えた、あくまで、俺の尺度だが。


「さて、ところでストーカー男くん? 君の罪状はなんだね? それによってはあの絵に加えるのも良い」


 そう言って神方さんはビシッと僕を指さす。


「聞こえてたんですか……。プライベートなところなんで聞かないでもらえると……」


「あぁ、さっきの美術部の話は私のトップシークレットだったんだけどなぁ。あぁ、秘密を一方的に握られて夜も眠れそうにないなぁ」


 この人、質悪いな……。


「別に、あんまり面白い話じゃないですよ? ただの痴情のもつれというか」


「ただのって、恋愛は立派な人間のメインテーマでしょ。知らないけど」


「いや、まぁ。そういう人もいるかもですけど。ただ、彼女に浮気されて」


「それを恨んでストーカー?」


「いや、初めに、その、街中で二人で歩いてるのを見つけて、それを彼女に問い詰めたら、脅されてるって言うから、助けないとって思って、護衛みたいなつもりで、いたら。なんか気づいたら、俺は切られて、ストーカー男ってことになってました。まぁ、よくある話です」


「へぇ~」

 また、神方さんは目の奥を覗き込もうとしてきた。


 やめろ、入るな。俺の世界を乱さないでくれ。

 まぶしい陽光を嫌がるときみたいに、手を目の前にかざして、顔をそむけた。


「そっかそっか。それは災難だったね?」


「まぁ、そうですね」


「それで人間不信?」


「別に人間不信じゃないですけど、辞めただけです。信じるのとか期待するのとか」


「ふ~ん」


 神方さんはニヤニヤと楽しそうに笑っていた。別に慰めの言葉なんていらないが、楽しそうにされたら流石にむかついてくる。


「もう良いですよね」


「うん、帰っても大丈夫」


 俺の話はもう良いだろうという意味で言ったのだが、返ってきた言葉は意外にも帰宅を許すものだった。

形さえできてしまえば、あとは自分の想像力ということだろうか。案外早く解放されて良かった。


「それじゃあ」


「うん、また明日」


 そっちのパターンか。帰ろうとしていた足を止め、振り返る。


「あの、」


 ひらひらと手を振っている神方さんがどうしたのと言いたげに首を傾げる。


 まぁ、いいか。そんな風に思った。


「すみません、なんでもないです。また今度」



 本館の方まで戻り、階段を降りて正面玄関まで行く。その横の壁には確かに、神方 早絵の絵が飾られていた。


「うま…………」


 風景画だった。一瞬本当にその場に自分が立っているのではないかと思うほどの。


 美術のことはよくわからない。でも、これは上手いのだろう。


 細部までこだわられているのがよく分かる。色使いも綺麗だし、目の前にその光景が現れたかのようなリアルさだった。


 『高校生国際美術展 文部科学大臣賞 神方 早絵』


 彼女はきっと天才なんだ。

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