第99話 ユーリの気持ち
『巻き戻ることは恐ろしいですか?』
神の御使いであるナビゲーターからは何らの感情も感じられない。
ただの質問で確認。
先生からの視点では大したことはないのだろう。
「俺の大切な人たちを不幸にさせたくないからソコだけ、恐ろしいってより心配してる。でも俺との縁が変わっちまうなら大丈夫じゃねえかとも思う。たぶん俺とこうなってなけりゃ・・・」
本当は記憶を持って戻れるのがいいけどな。
一度でも縁を結んでくれたんだ。
近くにいられなくても俺は守り続けてみせるから。
『憶えて戻るのもやっかいですよ。愛しあったはずの女が目の前で他の男にとられるかもしれません。私からすればそれもまた人の縁ですけどね』
「ああそれはイヤだなあ。それなら憶えてない方がいいかも。それにしてもダルい」
精神体であるはずの自分に疲労の波が押し寄せる。
強烈なダルさが体中を支配して考えることが億劫だ。
『高位術者たちがあなたを修復してます。あなたの全ての力は活性化された治癒能力に使われています』
「また眠くなってきたから寝る。続きはあとでだな」
考えることが随分と億劫になって。
心の中に意識が沈んでいく。
『いいでしょう時間はまだありますから。ただぼちぼち・・・』
「わかんねーけどなんかあったら声かけてくれりゃいい」
そんな話をアイツとしたからか。
俺はいろんな夢を見た。
キャサリンが他の男と幸せそうに結婚するのを、教会の末席で祝う俺。
俺の子ではない生まれたばかりの赤ん坊を抱かせてもらう俺。
人の良さそうなキャサリンの旦那さんと酒を飲む俺。
孤独な部屋でひとり布団で眠る俺。
さびしいなぁ。
でも真っ当に働いてるだけ、まともに社会人してるだけいいのかもしれない。
生き残って食うには困らないだけ金も稼いで。それだけだって十分だ。
前世からするともうけもの人生だ。俺がやることを喜んでくれる人もいる。
でもさびしいなぁ。
「ずっと一緒にいるって言ったくせに」
別の夢?でキャサリンに問い詰められた。
「死んでも一緒だって言ったくせに」
そうだ本当にそうしたかった。
今でもこれからも。
死ぬまでキャサリンを愛してる。どこにいても。
「じゃあ、なぜキミは諦めてるんだい!なぜもっと今の自分を必死に大切にしないんだい!!!」
キャサリンに怒られた。
だってさ?
この世界の俺は出来過ぎだって。
幸せなんて俺に一生涯も縁がないと思っていたのに。
キャサリンのおかげで一瞬でも握ることができた。
俺にもそんな瞬間が確かにあったんだ、経験できたんだ。
俺が大好きで。
俺のことを大好きだって思ってくれてるヒトと。
ギュって抱きしめあって。
俺には訪れることがないものだと思ってたのに。
俺の魂が生まれてから消滅するまでには最悪しかないと思っていたんだから。
そんな俺が。だぞ?
すごくねえか?
わかんねえヤツは死んでもわかんねえ。
俺はゼロじゃなかったんだ。だからもう。
さみしくても耐えられる気がするんだよ。
「ば、ば、ば、バカヤローッ!!!ボクたちはもっともっと幸せになるんだよ!!!ボクの幸せも一緒になかったことにすんなー!!!!!」
また怒られた。
俺のくだんねー思いなんて。
クソくらえって。
キャサリンに怒られちゃったらしょうがない。
俺は暗闇の中で出口を探す。
あっちをウロウロこっちをウロウロ。
うーん出口ない。
ひたすらまっすぐ行けばいつか端っこにたどりつくのか?
それとも最初から端なんてないのか?
トボトボ、トボトボ。
ひたすら進めば何かあることを信じて足を前に出す。
「ユーリの意識は魂の奥底での眠りから覚めてきておる。遠からず意識は戻ると思う」
キャサリンは薄着に着替えてユーリの隣に横たわるとその手を握った。
「このままいけば今しばらくで目をさますじゃろうが・・・しかしそうなるといつ遡りが起こるかはもうわからぬ。修復されていない魔力路に魔力が流れてしまえば魔力暴発が起こって二度と元には戻らんに違いない。これ以上魔力回路が破壊されるとワチらの手に負えぬ、そうなればもう元通り魔力を使えるようにはならん。目覚めてしまえばいつ改編がおこってもおかしくない」
「だったらボクがその前に神様から助言をもらえばいいんだね?」
握った手からユーリの温かさが感じられる。
顔色もずいぶんと良くなっている。
「ワチとロットの力でお主をユーリの魂の表面まで届かせてみせる。魂の深淵のどこかにいるユーリに接触して御使い様に嘆願するしかあるまい。ユーリについておる神の御使いはお主の言葉だけでは聞いてぬ。お主がユーリの意志を感じる方へと呼びかければよいそうじゃ。闇の中でお主が感じる光の方へ向かえばよい」
「ボクとユーリの魂がつながっているから。どこにいたってどんな形してたってわかりますから」
当たり前です。
なぜだかわからないし、どうなるかなんてわからないけど。
でもわかります。
当たり前のことのように話すキャサリンを見るギンさんは優しい顔をしている。
自分には何もできなくてピーピー泣くだけの若造だったのに今はこんなにも自信満々なのだから。
若くて何も知らないからこそ言い切れるその強さに心が躍る。もう笑うしかないだろう。
「ほんとにお主も面白いな!では行くがよい、ユーリを見つけたなら今のお主を心のままに伝えるがよいぞ。飾っても気取っても魂の深淵には届かないのだから」
役目を終えたギンさんをキルリスがやさしく抱きしめた。
神の道を歩み始めたこのシルバー・フォックスは闇魔法に関わるべきではない。そんなことを承知でロットをふるったのだ。
キャサリンの魔力体をユーリに送り込むほどの闇魔法を使える存在はこの場にギンしかいない。
この世話焼き狐は冷めてるくせに思いやり深くて優しいことをキルリスが知っている。
ギンにはそれだけで十分だった。
懐かしい暖かさに目をほそめて気持ちよさそうに頭をこすりつける。
「気にするなよ。オヌシの願いを叶えられるのが嬉しいのだからさ」
あとはあの若い娘次第。
楽しみ。