第98話 おかしなトリオの修復作業
ここはユーリの魔力空間の中。
物質の次元とは少し層位がずれている。体に伝わる感触はフヨフヨしておかしな感じだがしょうがない。
感じているのは肉体ではなく魔力体なのだから。
ユーリの魔導路を再構築している3人。
短剣とロットとキツネ、という組合せが3人という呼び方であっているかはわからない。
だがこの空間内では女王然とした美しいエルフの姫と、魔導士のローブを羽織った屈強な壮年の魔導士、そして赤い袴と神聖な白衣を羽織って銀の長髪をなびかせる女性の姿だ。女性にはキツネの耳とモフリとしたシッポも出ており、さらにシッポは二つに分かれている。
その3人が立っているのは地下の古代迷宮かと思われるような石畳の空間。
これまで進んできた方を見れば竜でも通れるほどの巨大通路が遠くまで続いているが、眼の前に通路の続きがあるはずの場所は崩れた岩石で埋め尽くされて壁となっている。ご丁寧にコールタールのような粘着性のある物質で隙間を埋めて練り固まっており、まるで岩が埋まった壁となったところにコンクリートで隙間なく補強したかのようだ。通路はこの随分先までも埋まっていることが明らかだった。
「おりゃああああっ!!!」
何千回目になるだろうか。
ロットを握った魔導士がその壁に魔力を突き刺さしトンネルを掘り進む。
元々ロットであるはずの魔導士がロットを握って魔力を操る不思議な世界。魔力体としてユーリの魔力通路の修復にあたっているカールスバーグのロットである。今となってはわかる者もいないが、その姿はカールスバーグがベテラン魔導士として全盛期の姿であった。
細い穴のトンネルを切り開くとさらに魔力を込めて拡張する。そんな単純で果てしない作業の繰り返し。
土砂で埋まった広大な迷宮をスコップで掘り進めるようなものだ。
エルフの女王が両手を前に掲げてエメラルドに輝く精霊魔術を行使する。
光の粒が岩石の連鎖崩壊をくいとめ、掘りすすめるトンネルが再び閉じてしまわないよう固く補強をしていく。
そして神聖を持った銀狐は全体を指示しながら、ゴツゴツした魔導通路を滑らかに美しくコーティングしていく。
「メインの魔力通路はかなり修復が進んだと思うけど。ココよ、ここを貫通できれば何とかなるんじゃない?」
エルフの女王は自分の周りを渦巻く精霊達の光に手を振ってこたえながらも表情を引き締めるのだった。
この崩して掘って、補強して整形する作業。今となっては手慣れた感がある。
だがどうにもここ数日は進みが悪い。
これまでとは明らかに違う層まで届いたとはいえるけども、今日にいたってはほとんど作業が進まなくなってしまったのだった。
「これからが最大の難関じゃ。この先にあったはずの巨大な通路が跡形もなく完全に崩壊してしまっておる。方向はこのまま真っ直ぐ進めればいいのじゃが。これまでとは難易度が大違いになる」
これまでは埋まった通路のがれきを取り除いて修復しただけ。
壊れかかっているとはいえ元々にあった通路の壁面に支えられながら進むことができた。
だがこの辺りからは一から穴を掘り進む、ということらしい。
中の土砂を掘り出す作業ではなく、岩山をくりぬいて道を通す作業をしなければならないのだ。
ドロリ。
黒く粘着質な液体ががれきの中をミッチリと満たして固まっていた。
鋼のように硬質化しており、深い闇が全てを飲み込んでしまいそうな暗黒の光を放っている。
「すまんが今まで通りの魔法じゃ先に進めねえよ。ちょっいと作戦タイムだ」
まずは魔導士の役目である掘削が進まない。魔力への反発が高く余程の高位魔法ですら歯が立たない。
そのくせ崩した壁面にはすぐにコールタールのような暗黒の液体が垂れて覆いつくしてしまう。
固いものを粉砕する魔導士の魔法は重粘度の液体には効かずに、むしろその魔力を吸収するかのように内に収めてしまう。
手が出せずにいると液体は固まっていきもとの硬質の壁面へと戻るのだ。
精霊たちの補強魔術をいっさいとりあわず黒い幕がおりてきて塗りつぶしてしまうのだから手の打ちようがない。
「なんだありゃ」
「あれは・・・魔力回路が破壊されたときの残滓じゃな。このあたりこそグラウンド・ゼロに違いない。ユーリの膨大な魔力と敵の濃厚な闇魔法がこの場所で交差して暴発した。混ざり合った魔力が変質してしまったのじゃろう」
振り返るギンさんの目には、これまで修繕してきた広大な通路が延びている。
「この通路一杯に超高速で流れていた魔力が暴発したのじゃ。膨大な魔力が闇魔法に犯されて超圧縮しておる」
「それで精霊達の手に負えなかったのね。精霊は闇魔法と相性が悪いから。エルフの女王であるアタシですら手が浮かばないわよ」
どうしたものか。
ギンは考える。
自分達3人で今すぐこの場所を何とかできる手段がないのだ。
自分が本物の神であれば何の問題はないだろう。
神とは、無から有をつくる存在であり、有を無に帰す存在だ。
ユーリの言い方をするなら家を建てる存在。
神々なら少々タチ悪くおり固まったユーリの魔力くらい滅してしまうに違いない。
だが神獣への道をたどり始めたばかりの自分では打つ手がない。
明日にでも神の道を昇りつめられればよいだろうが、そんなことができるならとっくに神獣になってしまっている。
「30年ですむか、50年か、100年か、1000年か?昇りつめることができると決まってもおらん」
この若者はその前に死んでしまうだろう。
神に直接手を下してもらえればよいのじゃが。
一瞬だけよぎったその思考は恐れ多くてすぐにフタをする。
神という存在は節理を守るものである。
そしてこの世に生を受けた生命は、死するときには死ぬのが摂理だ。
神のきまぐれで生死が翻ることはありえない。
どこの神が死にそうな少年に手を差し伸べるというのであろうか?
この3人は知る由もないことだけれど。
そんな神がいるのなら。
前世でユーリは死んでいない。
途方もない時間をかければ見込みはある。ギンが神獣となれなかったとしても、いつかはこの場所の瘴気は薄れていくだろう。だがそれでは間に合わない。
神の時間は無限だが産み落とされた生命の時間は有限だから。
打つ手はあろうともその有限な時間の枠からはみ出てしまえば意味はなくなってしまう。
「いや待つのじゃ。神の力は借りられずともお知恵だけでも拝借することはできるやもしれぬぞ?」
神が世に存在する生命のひとつを気に掛けるはずもない。
しかし神が意図した1つの生命に己の代理の者を案内役として使わせているのならば。
神のお慈悲にすがることができるもしれない。
神々のお力を行使できないとしても、神のお知恵があれば自分達で解決できるかもしれないのだ。
自分達はユーリの魔力に触れるだけの力がある。魔力とは魂の権限から湧きだす力だ。
「どうかなぁ?」
魔導士の男は考えて首をひねる。
彼の記憶の中の男。カールスバーグもまた神の御使いと共に生を全うしたのだ。
「神さま達からするとユーリは魔法を使えなくても関係ないということであろう。コヤツは神から魔法使いになれと命じられたわけではないのだから」
神の御使いはユーリが進む道を照らし案内する存在だ。
ユーリの進む道が魔導士であろうと学者であろうと商人であろうと関係はないのだ。
そして進む道で挫折すれば違う道を照らすだろう。
「そういうことだ。ユーリがここで魔法に見放されることすら神の摂理の1つかもしれないのだから」
達観した答えなのかもしれない。
だが一番に悟っているであろう神聖なる銀ぎつねは頷きながらも口を出すのだ。
「それではここに我ら3人がいるのはただの偶然であろうか?ワレにはユーリのためにあがきもがくものがこの場所に配されているとしか思えぬ。定められたとおりに力を尽くすしかあるまいよ」