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第92話 驚きと喜びと

シタリ、シタリ、シタリ。


王国の衛門を守る衛兵は今日もこの門を抜けていく馬車や荷物、人や従魔たちをチェックして通過の可否を判断し記録を残す。


シタリ、シタリ、シタリ。


衛兵とはいえ彼らも国王軍だ。

あらゆる事態にそなえて日々体を鍛え軍事訓練も受けている。

敵軍や悪人、そして魔獣にも彼らがひるむことはない。


シタリ、シタリ、・・・ピタリ。


「・・・・ッ!!」

その彼らですら目玉をひん剥いてみつめて絶句してしまう事態が起こってしまった。


首都への入り口となる衛門の前に純白の巨大な狼がシタシタと歩いてきて、ワンコでいうところの「お座り」をしてこちらをジッと見ているのだ。


5メートルはあるグレートウルフ。その聡明な瞳はこちらの事情をわかった上で「通せ」と告げている。

英知が高く特殊個体なのは明らかだ。

自分達が喋っている王国語すら理解しているに違いない。


若い衛兵二人は冷や汗を流しながら顔を合わせてお互いを突きあった。

どうやらいきなり襲われることはなさそうだが。

この魔獣がその気になれば爪の一振りで自分たちの胴体は二つにわかれるであろうし、その牙で頭をかじられれば飴細工を子供がかじるようにボリボリと砕けてしまうだろう。


そんな想像で背筋に冷たいものが走ろうとも。

栄えある王国軍で衛門の守護を任命された二人だ。正体不明の大型魔獣を通すことなんてできるハズがない。

二人は互いの槍を交差させ通さない意志表示を行ってから、魔獣に通じるかわからない口上を振るえる声で述べた。


「王都に続く門をくぐりたいならば己の身分を証明して入場の目的を述べよ!それによって通行の許可を判断する!!」


シンと周囲の声が消えた。

門に並ぶ人の列も詰所で書類を確認していた衛兵も異常な空気に固唾をのんで見守っている。


それから十秒もの魔獣と衛兵のにらみ合いが続いたが、魔獣は確かにその狼の面をひきつらせた。

それを見た兵士の肩がビクリとふるえてさらに緊張が伝わる。

二人の衛兵は緊張のあまりもう体を動かすことさえできない。



死・・・死ぬよな?俺ら


こんな魔獣に敵うわけない。絶対に。

ならばここにいる通行人たちを庇えるよう時間だけは稼いで死のう。

周囲の衛兵や王宮詰めの王国軍がすぐに駆けつけてくれる。

殉職すれば2階級特進して家族には栄誉と恩給が出る。

老いた父母が慎ましく生活するのであれば十年は生きていける金額だ。

王国軍万歳だ・・・が、しかし。


嫁さん欲しかったなあ。


衛兵A。個体名ジーンはコンマ1秒以下ほんの一瞬の時間で、魔獣に瞬殺された後の家族と心残りのことを想った。


衛兵B。個体名サントスも似たようなものだった。二人は同じ門を守る職場の仲間であり酒飲み友達であり、幼馴染の腐れ縁である。

そして二人とも本来戦いには向かないビビリなのだけれど、市民のことを想う気持ちは他の兵士にも負けはしない。言ってしまえば彼らはただの「いいヤツら」だった。


「おいまだか!」

その美しく白い狼は誰もいない後ろを振り向いて、響くような低音でうなった。

ビックリしたがやはり王国語が話せることに納得する。


「何を勘違いしているのかわからんが?この人間達が命をかけてワレに飛び掛かってきそうなのだ!」


「それはマズイ、ちょっと待ってくれ、・・・おお、あったあった!」


誰もいないはずの巨大な狼の背中からヌッと一人の男が出てきた。

まるで巨大な狼の着ぐるみを脱いだかのように。

衛兵のふたりは大きく目を見開いて、飛び出そうとした驚きの叫びを必死に飲み込んだ。


それは彼らの誤解だったのだけれど。

ロボの背中に埋もれたまま探し物をしていたキルリスが、やっとお目当てのモノを見つけて背中から降りてきただけであった。


「こんにちは衛兵さん。わたしの身分も証明した方がいいかな?」

「い、いえ、キルリス師団長!!お連れの従魔にも大変失礼しました!!!」


衛兵Aと衛兵B、ジーンとサントスは知っている顔を見ていっきに安心する。おかげで今にも力が抜けてその場にへたり込みそうになるのを必死に耐えることができた。

ここに通行人たちの衆目が無ければ、間違いなく腰をへたりついてキルリスに泣きついたことだろう。


「驚かせたようで悪かったね?」

「い、いえ、そんなことはありません!」


プルプルと生まれたての仔馬のように震える足、大きく後ろに引いたぺっぴり腰。上官とにこやかに挨拶しているつもりでも顔の筋肉が凍り付いて全く笑えていない。

平気なフリをするには無理があるのだけれど、彼らは彼らで必死に職務を遂行中なのだ。


昔のキルリスであれば彼らを無視したであろうか皮肉な笑いを返しただろうか。

イケイケの冒険者で会った頃の自分を思い返してみると、決して彼らのような真面目なだけの弱者に気を遣いしなかっただろう。

冒険者も衛兵も商人もひとえにこの世界を構成する一粒であるという、簡単で当たり前のことに気づいていなかったのだから。その後魔導士団で団員たちの面倒を見ることになり魔法学院で子供たちを見て彼は気づけたのだ。


キルリスが彼らが見えるように掲げたのは、銀の鎖がついたプレート二つ。

冒険者ギルドが発行したS級冒険者の標章とグレートウルフが従魔である証だ。


「彼はワタシの友人だ。随分久しぶりに出あったもので彼のプレートが体毛の中に埋もれてしまっててね。見つけて外すのに毛並みの中にもぐってしまっていた。驚かせたことをお詫びする」


二人にとってのキルリスは魔導士団のトップでありエースだ。

敵軍からも魔獣からも。何度となく仲間を救ってくれた王国の守護神のひとり。


王国軍トップである総司令官ガイゼルとも旧知の仲。ともに国王からの信頼が厚い最上位のエリート。

自分達が話す機会なんてまずありえない雲の上の人物だ。

家門のベッシリーニ家は元をただせばただの冒険者である。先代に引き続き魔導士として名声を受け、今は貴族爵位を賜り魔導士団の師団長を任され魔法学院を運営している。


平民から志願して国王軍に入隊した二人にとっては憧れの人物。届くはずもない究極の目標に頭を下げられた状況は、ふたりに耐えられるものではなかった。


ぶっちゃけて言えばいますぐ土下座して自分たちの方こそ無礼をお詫びしたい。

こんな尊い人にお詫びさせてしまってすみませんでした!と叫びたい衝動にかられ五体投地に体を投げ出そうとしたその時。


「お二人の名前を伺っても?」


思いもよらないことを問われて地面にダイブしようとした体が止まった。


なんで?

ハテナマークが頭のまわりをクルクルとまわる。

だが上役に問われれば即答するのが軍の規律だ。


「じ、じ、じ、ジーンです!」

「サササ、サントスです!」


キルリスは嬉しい知らせでも聞いたかのように微笑んでウンウンと頷いた。


「ジーンにサントス、ふたりとも憶えておいてくれるかい?彼は私の友人でグレートウルフのロボだ。私がいなくても彼の行動は必ずこの国に必要なことだから対応して貰えると助かるんだ」

「も、も、っももももちろんです!!了解しました!!!」


上気した顔が真っ赤にそまり必死に敬礼する指先も震えている二人。

とてもじゃないけど正面から顔を見つめたりはできない。直立不動で必死に遠くの雲を睨みつけた。


「ありがとう、それでは」

キルリスはふたりに近づくと、左右二人の肩をグッと引き寄せて耳元に小声でつぶやいた。

「ジーンとサントス、あとでこっそり差し入れをするから他のやつらに気付かれるなよ?」


はっ?

ええ?


言葉に出す前にはもうキルリスは二人から離れて、美しいグレートウルフとともに衛門を抜けていくところ。

耳元で声をかけられた感激にふたりともヘナヘナと腰が抜けてしまったのはしょうがないことだった。


その日の午後。

小さな子供がお使いでジーンとサントスを訪ねてきた。


二人が休憩に入る時間にぴったりとあわせてやってきた男の子から、街の出店で使うような安づくりの袋を手渡される。

中身については何も知らないようで、お駄賃のコインを渡すとさっさと走って帰っていった。


示し合わせたように二人で人気のない裏口にまわる。周りに人がいないことを厳重に確認してからこっそりと袋をあけると。

そこにはどこかで見たような洋酒が2本とメッセージカード。


「おい、これって」

「ああ、これって・・・」


大通りの一等地に貴族たちへとお酒を卸す高級な酒屋がある。

店に入ることすら躊躇される豪華な店内。

ショウウィンドウ越しみに見える高い棚には高級な木箱に入った銘酒が飾られる。

深紅の布で優しく包まれたその瓶は、兵士たちが「いつかは飲んでみたい」とヨダレをたらす高級洋酒である。


そんな高級品が2本も入っているのだ、そもそもこんな粗雑な紙袋に入っていて良いものでは絶対にない。

1本で衛兵の給料2か月分もするシロモノ。街で飲んでいた兵士が酔った勢いで買って帰り家族から叩き出されて一晩中締め出されたのは有名な話だ。


直筆のメッセージカードは二人にあてた言葉が添えられている。


「二人の日々の貢献と忠誠に国王陛下の臣下として感謝する。コイツで今朝の出来事が君たちの笑い話となれば嬉しい。楽しい夜となることを願っている」


「かっ・・・・かっけーーーーーーー!!!」

「ああ!!!めっちゃかっけーーーーーーーーーーー!!!!」


二人して歓喜の大声が詰所まで響いてしまい全ての衛兵にバレてしまうのだけれど。そんなことも忘れて感動の涙を流し続けた。


結局この高級酒はその夜に急遽開催された宴席で、偉大なる魔導師団長への感謝と共に飲み干されたのだった。

全員にショットグラス1杯しかあたらなかったが、二人にはそれで十二分すぎた。

味わおうとしても涙の味しかしないのだから。


そして高い酒は共有財産という王国軍兵士たちの暗黙の規律は今日も守られたのだった。


本編からの流れからですけどちょっぴり浮いたエピソードになります。

いかがでしたか?

木曜日なるべく更新しますのでお楽しみにしてくださいませ。




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