第91話 西の魔導士
深い森の中。厳重に迷彩が施されたログハウスが周囲にすっかりと溶け込んでいる。
西の王国の首都からほど近い場所にある東の帝国の秘密基地だ。
「ハウス結界内に高速で侵入物体あり!ウルフタイプの魔獣と思われます!」
「敵か!?」
ドッカアンッ!!
隊長から確認の声が届くより早く爆音が響いた。
夜空に落雷が光ると辺り一面が真っ白に染まる。
衝撃はでハウスと呼ばれるアジトをゆするようにビリビリと震える。
「カラス部隊全羽の反応をロストしました!」
報告の声が響く中。
遮光の分厚いカーテンを開くと目の前の巨大な水玉と目が合った。
天まで立ち昇る水の竜巻が、今まさにハウスへと突撃を開始する瞬間!!
「敵襲、敵襲!!衝撃来るぞ、皆自分を守れ!!!!!!!」
バキバキバキバキバキバキバキバキバキ!!!!!!!!!!!!
頑強なアジトが一瞬で瓦解し、折れてヘシまがった壁や木材がバラバラに分解されると空へと巻き上げられていく。
「うおおおおおおお!!!!!!」
いくつもの叫び声がそこかしこであがった。
水の大渦に巻き込まれて呼吸ができず電流にシビレれて感覚がなくなる。はがされたハウスの部材に激突して意識が遠くなっていく。
右も左も上も下もわからない。
あるのは弾けた瞬間の真っ白な世界、そして直後には暗闇ひろがっていた。
「く、くそったれええ!!」
隊長と呼ばれた男は叫ぶことで意識を繋ぐ。
帝国軍人としての意地だ。
途切れようとする意識と命を必死に握りしめる。
どれほど長い時間そうしていただろう。
実際にはほんの一瞬である長い時間を彼はしのぎ切り、空中で水とガレキの渦巻からポンッと体が浮き上がった。
あたりを見渡すと部下たちが同じに巻き上げられて宙に浮いた一瞬。あとは重力に従って落ちていく。
このまま落ちてしまえば必ずソコに敵は待ち構えているに違いない!
一瞬にして状況を悟るとすべての魔力を込めて詠唱する。
「闇魔法<反重力>全力だ!」
残った全ての力で自分と仲間に落下を引き留める魔法をかけたのだ。あとは運しだいだが、この基地の諜報員たちならばなんとかするだろう。選抜されたエリート集団であり、一瞬をかせぐことができればあとはまかせられる。
「大丈夫ですか司令官!」
「みんな今助けるぞ!」
助けの部隊の声が聞こえた。
今日も賭けに勝った。
命がけの日々の中で。
生きていれば、生き残れば、勝ちだ。
森の中へと散らばっていた数名の魔導士たちが敵襲に気付いて超上空の仲間を救ったのだ。負傷した仲間を空中で受け止めそのまま逃走に移る。
「全員救出!意識の無い者も生きています!」
「中継地点へ向かいます!」
「敵はいまだ動きがありません!」
「地下倉庫を起爆します。3、2、1、シュート!」
意識の無い仲間をかかえて必死に飛行する魔導士が起爆装置を起動する。
完璧に証拠を消し去る最後の手段だ。
ドコオンッッ!!
地中から巨大な爆発音が鳴り響き、先ほどの水柱より更に大きく森が吹き上がったのだった。
東の帝国のアジトが爆発した瞬間。
キルリスは巨狼ロボに飛び乗って跳ね上がろうと体が浮いた瞬間。真横から爆風が叩きつけられた。
逃げる敵とは別方向に大きく吹き飛ばされてしまう。
おおきく投げ出され何本も木々に打ち付けられて倒れ込んだ。
ほんの一瞬の油断。
なまってしまっていた実践のカンを反省しながら、ぶるぶると頭をふって自分を覚醒させていく。
ここで慌てるのは愚策だ。失敗が上書きされるだろう。
「おーいみんな無事かー?」
敵はなんとしても証拠を渡してくれないらしい。
敵の司令官が下す判断の速さに舌を巻く。
使い魔の回収、魔法導線の断絶。アジトが知られたなら即座に爆破して逃走。
どうりで東の帝国のしっぽを掴めないわけだ。
高度な闇魔法を集団で活用するくせに圧倒的なほど用心深い。
「敵のヤツラも負傷者をかかえて逃げ足が鈍っている。前方5キロだ」
キルリスの魔眼で逃走した方角を見ると空中には真っ黒な闇がいくつも渦巻いている。
まっすぐに追いかければ見事に呪いの障壁へと吸い込まれる寸法だ。
はるか遠くに、米粒ほどの敵が、降下していくのがみえる。
退避場所のアジトかそれとも休憩だろうか?
ガインッ
逃げていった敵とは違う左方の山間から、何かが撃ち込まれてキルリスが展開している障壁が揺らぐ。
「おおおっと?」
ガインッ!ガインッ!
続いて右後方からも同様の攻撃がキルリスの障壁を叩く。
ガインッ!ガインッ!ガインッ!ガインッ!
前後左右のあらゆる方角から魔法障壁を突き抜けようと岩石のような塊が衝突する。
「ここいら一帯が敵の魔導要塞になっているようだ。このままだと狙い撃ちのマトだ」
「このあたりが敵が陣地だとわかったのだから今は撤収でいいだろう。闇魔法使いがゾロゾロ出てこられるとやっかいだ」
ドカンッ
ドカンッ
撤収を開始しても攻撃が緩むことはなかった。
岩石のような物体が狙いを付けて飛んでくる。なみの魔力障壁ではその重量にたえられない。
それでいて飛来する塊は肉眼で把握できないし音も聞こえない。
「なんだあれは!?」
「おそらく氷魔法による純度の高い氷の砲弾だ。闇に紛れて何にも見えないし一帯に遮音の魔法もかけてある音でも判別できない。回避は勘しかないぞ頼む!」
何度も氷弾が地面にさく裂する衝撃に巻き込まれながら。
キルリスとロボが這う這うの体で森を抜けるころにはもう夜が明け始めていた。
王都はすぐそばだ。
痛み分けというところか。
こちらは王都に近いアジトをつぶしたし敵の動きを知ることができた。
敵からすれば証拠を残さずに逃走完了で外交的に非難してもとぼけてしまうだろう。
先ほど敵が降下した基地はすぐに撤収するに違いない。
「あちらも証拠を隠すのに忙しいだろう。立派な時間稼ぎだったな」
焼け焦げて傷ついた相棒と二人。
昇る朝日に影が伸びる。
戦闘狂たちは今日も生きて還ってきた。




