第90話 東の諜報員
「使い魔からの信号をロストしましたっ!」
ここは深い森の中。
東の帝国の諜報部隊が作り上げた極秘のアジト。
一見古びたログハウスだが屋内には所狭しと最新設備が並び、敵国となる西の王国の動向を監視して本国へと情報を送る。
何重にも隠ぺいされたこの場所は相手が魔導士や敵軍隊の斥候であろうと気付くものはいない。
深い森の中で人が辿る道などない。途中には大型の魔物が数十頭単位でいる。空からであろうと偽装も万全に効いている。
このハウス中心に<幻視>の魔道具が設置してあり、よほど高位の魔導士でも数十メートルまでは近づかなければ森の風景としてしか映らない。
しかもただ監視や情報交換を行うアジトではない。
魔導要塞並みの攻撃力・防御力を持たせるめにこの一帯の森を徹底的に改造してある。偶然見つけた一魔導士に攻略されるアジトではない。
この拠点には中堅都市ひとつを丸ごと買えるだけの金がかかっている。
王国への諜報の拠点であり、同じような拠点は北の大国、南の大国にも設置してある、東の帝国が秘密に雇う諜報部隊だ。
「どのターゲットだ?場所は?」
ボサボサの頭に頑丈だけがウリの安物シャツ、その上に動物の毛皮のベストを羽織る男はこの要塞を纏める司令官だ。恰好はただの木こりにしかみえない。
「ターゲットはユーリ・エストラント、場所は王国魔導師団長のベッシリーニ邸です!!」
速やかな返答はまさに軍人のそれであり、同じく一般人としかみえない若者も鍛え抜かれた諜報員であるに違いなかった。
「魔導士団長と懇意という噂の新人か?キルリスと二人が揃えば使い魔の気配に気づかれる可能性はあるな」
密偵も暗殺もその場一瞬の判断が命。
時間をかければ死神は秒でせまってくる。
「カラスを全羽ベッシリーニ邸へ送れ、大至急だ。目的は使い魔の奪還だ邪魔をされるなら交戦してでも任務を果たせ、絶対に証拠を残すな!全羽に魔石はつけてあるだろうな!」
「了解、装備に問題はありません!!カラス部隊スクランブル!!!」
バササササササッ
一斉に飛び立つ羽音が聞こえる。
東の国ではヨガラスといわれる夜目のきくサギの仲間の部隊だ。
中型で使い魔の小動物程度はかるがると回収する。
集団戦闘にも長けており夜間に限れば最強の航空部隊として撤退時の司令官からの信頼は絶大だ。
「念のためここも警戒Cだ、一切の情報を撤収できるよう纏めてけよ!ここまで辿ってこれる相手ならばわれら東の帝国の「闇の4賢人」クラスしかありえないがな!あり得ぬとは思うが緊急時の対応規律通りにすすめろ!!」
東の密偵達へ下したこの指示が明暗を分けることなる。
あらゆる事態を想定した対応のマニュアル。
警戒レベルのCはレベルとして最低だが、それでも最悪を想定しており攻撃を受ければ機密書類を持って逃走できる準備を指示している。
異常事態が起こった際で最初に発せられる警報だ。
「貧民街に潜伏中のジェイから入電あり、至急確認要請あり!ユーリ・エストラントの偵察に出した使い魔からジェイに<逆探知><マーキング>がかかった可能性があります!アジトJは現時刻をもって廃棄しいったん市内に潜伏します!」
「カラス軍団全羽ポイントに到着し交戦に入りました!対象はキルリス及び武闘家と思われます、戦況は拮抗しています!!」
次々と入る情報。
司令官は即時に分析し指示を出す。
東の帝国では闇魔法集団の幹部である司令官は、ふたつの報告を即座に同期させて最適解をはじき出す。
王国一と謳われる魔導士キルリスは闇魔法こそ使えないが、魔法の実力では闇の4賢人と呼ばれた東のトップ達をも凌駕するほどの腕前だ。
そのキルリスが、自分たちの最上官と同等の魔導士が、カラス軍団との戦いで拮抗するワケがない!
「ここを逆探知されるぞ!!カラス軍団との接続を切る!!<断絶>!!!」
司令官は即座に指示を出し、魔導士と使い魔を繋ぐ魔力導線を強制的に断ち切る魔法を発動させる。
ログハウスを中心にあたり一面刻まれた巨大な魔法陣が赤く光り、ポイントにしかけた魔力供給装置からいっきに魔力が流れ込む。
東の帝国でも数人しかできない最高位の闇魔法。
しかも事前に巨大な魔法陣を設置する必要があり、魔力も高位魔導士が10人も力を注ぎ込む必要がある。
このアジトでは咄嗟にこの超上位魔法を起動できるように、魔道祭壇を要所に設置して魔力を蓄積した魔石をつなげてある。
つながる魔力導線をまたがせて異空間への扉を一瞬開ける。流れる魔力もつながりも異空間に飲み込まれ強制的につながりを断ち切る、いやもうぶった切る。
その瞬間に魔力導線を接続していた術者には激しいダメージが返るのだが、非常事態であればそんなことに構っていられない。
その瞬間に自分の魔力体を載せているような状況でなければ命に別状はない。矯正切断のショックで魔導士としてしばらく役に立たないが、東の存在を西の王国に悟られてしまうよりましなんだから。下手をしなくても大国間戦争が始まる。
「カラス部隊は載せた魔石に刻んだ魔法指示に切り替わりました。対象の動きが鈍りました、使い魔回収完了、カラスは撤収を開始しました!!!」
魔力導線によるリアルタイムの指示から、カラスたちに搭載した魔石の魔法陣に刻まれた自動指示に切り替わった。魔力を手繰られる危険はなくなったが、今度はカラスたちが追跡される危険がある。
たとえ世界的な魔導士キルリスが脚力強化しようとも地面を走って追いかけられるものではないのだが。
何らかの手段を考慮するなら可能性としてはゼロではない。
「警戒Bに移行だ、探知された可能性は低いが今後アジトの存在を警戒される可能性ありだ。いつ探索者がくるかわからないぞ」
警戒Bは敵がこちらの存在に気付いて探し出される可能性が高まっている状態だ。
いつ探し出されても対応できるよう逃走の準備を行いつつ結界と対魔防御を強化して迎撃の準備を行う。
何かが起こる可能性が高く、どうなろうとも証拠を残さず撤収できるよう準備状態といえる。
とはいえマニュアルはあらゆる状況を配慮して作成されている。やや過剰である。
咄嗟にカラス軍団との魔力導線を断ち切ったが、カラス軍団との交戦がはじまってから5分も経っていなかった。逆探知を考慮すればこちらを突き止められないよう即断即決は当然のことだが。
流れている魔力をたどっての逆探知など闇の4賢者クラスでなければ成し得ない超高等魔術であり、闇魔法が使えないキルリスでは探知されるはずがない。それでも最悪に備えるのは諜報員としての任務である。
これこそが西の王国、魔法技術が世界一と謳われている王国のすぐそばで東のエージェントが跋扈できる理由である。
世界最高峰の魔導士であるキルリスですら自分達せいぜい東のA級闇魔導士のシッポをつかむことができないのは、どんな相手も見くびらない過剰ともいえる準備のたまものである。
たとえ今回キルリスが前もって大掛かりな魔法祭壇を準備していたとしても切断までのわずかな時間では探知の発動はできないはずだ。
「よし、落ち着いて警戒Cへの対応を終わらせてからBに移行を進めろ。まずは結界強化と逃走経路の中継点にも連絡しておけ。たとえどんなわずかな可能性であろうと我らにミスは許されない。われらのミスは帝国の栄華に影を落とすものと思え!!」
「了!!!!!」
数名のエージェントが森の中にある魔道装置の設置ポイントへと飛び出していく。別の一人が自分の使い魔のフクロウを呼び出すと警戒Bの伝書を括り付けて”中継地点”の仲間へと連絡を飛ばしす。
「指令、本当に逆探知がかかったと思われますか?」
若いエージェントが真顔できいてくる。
西の魔導士風情にそんなことができるのかと本気で疑っている顔だ。
闇魔法の厳しい訓練を積んできた自信から出る言葉なのはわかるが、エージェントに思い込みは厳禁だ。
「判断できない、としか答えようがないな。少なくともこれまでの情報では西の王国にそれほどの闇魔法使いは存在しない。だが高位の魔導士が闇魔法も取得したか、秘蔵の闇魔法使いが表に出てきた可能性を捨てることはできない」
「それはあり得る事でしょうか?」
「可能性の話だ。だがどうも最近の王国では不可解なことが起こっているのも事実だ。派遣した闇魔導士バーンが行方不明でその後に向かわせたヒットマンも行方不明。王宮に連れ去られたという情報もある。今回のターゲット2名が絡んでいるという情報も流れてきているのだから可能性を捨てる事はできんよ」
彼ら東の諜報員の判断に東の帝国数千万の国民の命がかかっているのだ。
軍事力としては弱小である東の帝国が他の大国と渡り合うためには、他国の秘密にギリギリまで迫る必要があり、それでいて身元が晒されるボーダーを超えない判断力が必要だ。
大胆に攻め臆病なほどに引く。
エージェントが表の世界に晒されてしまえばその時点で国家としての敗北につながる。
「しかし他の元素の魔法ならわかりますが、闇魔法使いがそうそう簡単に出てくるわけがありません」
「当たり前だ。俺達と同程度の闇魔法使いがそんなに簡単に誕生するなら、血のにじむような修行がバカらしくなる」
隊長は若い隊員をなぐさめるように苦笑した。
東の帝国では、真の魔導士とは闇か光の魔導士のことをさす。4元素の魔法しか使える見込みが無ければ早々に別の役割を与えられ精鋭部隊からは外されるのが掟だ。その代わり才能を見込まれれば、東の帝国が積み上げてきた闇魔導士となるためのノウハウが徹底的に叩き込まれる。
元々が闇魔導士となる才能は数十万人にひとりもいないスーパーエリートであり、その選りすぐられた才能に国家が培った最高のノウハウを与えて育成する。
その最高峰と言える最上級闇魔導士が東の帝国では闇の4賢人と呼ばれる王直属の幹部達だ。
隊長とよばれる男は4賢人のひとりの直属であり東で十指に入る闇魔法使いと評価される。
追跡ができるほどの闇魔法使いなら、隊長である自分よりランクが上ということになる。
そんな自分達と同じレベルの闇魔法使いが突然現れるなぞ、普通であれば考えられない。
可能性は魔法師団長のキルリス・ベッシリーニが闇魔法を取得したか、話題の新人ユーリ・エストラントが実は王国に秘匿されてきた闇魔導士である場合。
どちらも、まったくないとは言い切れない。
しかしキルリスはその才能を羨まれる最強の魔導士だが、たとえその優れた才能であっても闇魔法を取得してもいきなり最上位の魔法を操れるものではない。
では、新人ユーリ・エストラントが闇魔導士だった場合は、これはもっとありえない。
使い魔を通じた情報でもやっと青年と言える程度の年齢であり、この年で闇魔術のレベルを取得できた人間は東の帝国でも歴史上ひとりもいない。
「推測でものを語ってもしょうがないだろう?今はマニュアル通りに警戒Bだ。どちらにしてもジェイと接触できれば何かわかるだろう。王国に高位の闇魔導師がいるのかどうかそれでわかる」
珍しくシブる部下をなだめて背中を押してやる。
気持ちは自分も一緒だ。
他の魔法ならともかく闇魔法は東の帝国の命綱。
そうそう他国に出し抜かれるはずもない。
それにしても最近の王国には不可解なことが多い・・・
次回は水曜日0:10頃掲載です。
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