第89話 反撃開始
翌朝まだこれから日が昇り始める早い時間。
青く透明な世界にうっすら光が差し始めた世界。
マーサがカーテンをあけると薄暗い空にパタパタを羽ばたく影が庭の大木の方へ向かっていくところだった。
倒れるように眠るキャサリンに毛布をかけて、二階のユーリを治療している部屋へと入る。
ユーリのベットでは、美しい銀狐が窓の外の大木をじっと見ていた。
「どうしたのでしょうか?」
あのジャイアント・バットもキルリスに協力してくれている使い魔の仲間だ。
本人が戻ってきても良い時間であるが、状況を知らせるためであろう使い魔がやってきたことに不安が走る。
「キルリスとヤツの使い魔のロボが敵との交戦後に相手のワナにはまったようじゃな。追跡戦のつもりがワナに嵌められて追われながら退却するハメになっておる。まったくあいつらときたら」
聞けば随分と大変な事態と思える内容なのに、パーティを組んできたギンさんが気にもしていないのであれば問題ないのだろう。
「いかがしましょう。私が迎えにいきましょうか?」
「その必要はなかろう。バットの仲間達がかく乱してくおるし撤退だけなら二人とも慣れておる。相手もこちらもお互いの出方や手口を探った痛み分けで深追いはしてこないだろうよ。ロボは大森林の王でありヤツは狼種で唯一竜種と渡り合える存在じゃからの」
「それではロボ様はあの人より強いですね?心配するだけ無駄でしたか」
「基本はそれでよいがアイツラ二人が揃うと妙に戦闘狂になるのがたまに傷じゃ。キルリスもロボも年をとって落ち着いたとは思うが」
「それはダメなやつですね間違いなく」
そんな会話がされる数時間前のこと。
王都を囲う森林地帯の東側奥深くに目立たない小さな池がひっそりと姿を隠している。
そばの茂みに潜む影ふたつ。
魔導士が上空から偵察しても木々に覆われてその存在を見つけるのは困難であろう、そんな場所だ。
木々の間からは先程キルリス邸を襲撃したヨタガラスたちの姿がちらほらとみえる。
大木にとまっているもの、水辺で餌をついばむもの。
先程迄の集団での狂暴な一面は全くみられず平和な景色が広がっている。
水辺にはこれも目立ちにくいログハウスがひっそりと建っている。
古びた濃い色で年季が感じられ周りの木々になじんでいる。一瞥では周囲に紛れて建築物だと気づかれないそんな色合いの建物だ。
そしてこの小屋もまた大きな木々に遮られて、とても上空からは見つけられないよう迷彩されている。
ひっそりとした外見とは裏腹に、こんな深夜なのにカーテンに映った影が右に左に行き来しているのだから中の住人達はかなり慌てていると見える。
「さあ速攻だ。どのみちロボの白い体では夜目の効くヤツラに気づかれてしまうからね。さきに使い魔を無力化するかそれとも小屋に一撃喰らわせて奇襲してしまいたいところだけど」
「なに我らは二人いるのだ同時でよかろう?あの鳥どもは我の方で片付けようどうせ一瞬だ」
森の木々。そして水辺。
古い相棒が何をするかキルリスには明らかだ。
「せっかく池もあることだし俺は森が燃えないようにして一撃をくらわせよう。バットちゃん聞こえるかい?」
「はいはーいなんですかー。そばにいますよー」
念話がハッキリと聞こえるところからも、おそらくすぐそばの大木にでも止まっているのだろう。
「ちょっと離れててくれるか。これから雷がこの一帯を・・・あ、ロボちょっと待てって!このコウモリたちはナイトちゃんじゃないからまだ俺達のやり方がわかってない!!」
キルリスが止める間もなく巨狼の周囲を膨大な魔力が渦巻いていく。
「コウモリのみんな離れて!」
バササササ・・・
50匹ものコウモリがいっせいに飛び立つさまに敵のヨタガラスはいっせいに振り向いた。
慌てて飛び立とうとするモノがいるなか。
「遅い!<落雷>!!!」
ドッカアアアアアアンンンンンンン!!!!!!
ホワイトウルフが放った落雷が夜空に光り辺り一面が真っ白に光り視界が奪われる。
轟音が鳴り響き地面が揺れる。
「早すぎだってこのせっかち野郎が!<水竜巻!!!!>」
続けてキルリスが上位魔法を放つと池の水は一気に渦を巻いてそのまま空へと立ち昇り、竜巻としてあっという間にログハウスを巻き込んでいく!!
バキバキバキバキバキバキバキバキバキ!!!!!!!!!!!!
折れて割れてへしまがった壁や木材が、バラバラに分解されて空へと巻き上げられていく。
ザアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!
空まで登り切った水流はまるで豪雨のように一斉に水滴を叩きつける。
その水煙の中で水位の減った池には分解されたログハウスの破片がボタボタと降ってくるのであった。
このあとは気を失って池に落ちてくる悪者どもを捕縛して連れ帰りミッション終了だ。
ロボとキルリスのコンビが二人で水辺で使う複合技。
高圧電流を含んだ水の竜巻に巻き上げられて叩き落されるのだ。
並みの魔導士の防壁では防げるものではない。
一軒家くらいは簡単に破壊して戦闘不能となった敵を締め出す。
終わったあとには落雷が火事にならないよう豪雨まで降るという、一石二鳥も三鳥もあるコンビ技だ。
「すまん技に入っておって止まらなんだ。ナイトたちなら阿吽で読んでくれるかと思ってしまった」
先ほどまでのハッチャケがあっさりショボン。
自分にもよくあることなので気にしないよう鼻先をなでてキルリスがなぐさめる。
ハッチャケ同士が互いになぐさめあうのだからいつまでも自分を改めることがない。
「まあやっちまったものはしょうがないさ悪者を捕縛していこう。死んじゃいないよな?」
「それなんだが誰も池まで落ちてきておらんぞ?吹っ飛ばしてしまったか?・・・いや、アレだ!!」
随分と遠くの空をロボがにらむ。
キルリスがそちらへ目をこらすとまたたく星々が瞬間瞬間に見えなくなり、何者かが夜空を逃亡していることを教えてくれる。
「<魔力探知>!」
「追うぞ乗れ!我の強化した脚力にお主のブーストがかかればすぐに追いつける」
「おう頼むぞ相棒!バットちゃんたちも続け!」
「「「ヒャッハー!!!!!!!」」」
戦闘狂の叫びが何重にも夜の森に木霊して響くのであった。
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