第88話 対面
「娘よ、エルフの聖剣とカールスバーグのロットをアチの元に置いておくれ」
ユーリの頭のすぐ横でまるくなって目をつぶる銀狐が彼の額やほほをペロペロとなめる。マーサからすれば親愛の証というよりは検分に近いものだったがキャサリンには違ったようだ。
「うっ・・・・・」
そ、それって、ぼくの役目なのに!
顔には出ているが口に出すことなく必死に耐えている。
そして、キツネの尖った鼻先を近づけて、ユーリの唇をペロペロとなめ、長い舌がユーリの中へ・・・
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!!それはいくらなんでもやりすぎだよ!!!ダ、ダ、ダ、ダメ、ダメだよ!!!」
慌てて飛びつこうとするキャサリンの腕をマーサがつかんだ。
キャサリンがここにいては聖なる狐様も随分とやり辛かろう。そう考えて連れ去る間際にギンさんを見るとフフンと息を吐いて笑っているのであった。
随分と気にいられたみたいね?
神に近づいている聖獣がからかってやろうと思う程度には気にいられたらしい。
「さあキャサリン?ユーリのことはギン様にまかせて私達は相手の分析を始めるわよ?」
ジタバタする娘を引きずるように部屋から連れ出していく。
「お、お母さんユーリの貞操が危ないんだよ、妻としてほっとけないよ!」
「何言ってんのよその前に命大事でしょ!神獣様におまかせするのよ、さあ行くわよ!!」
「い、いやあああ、ユーリがああああぁぁぁぁぁぁぁ」
扉がバタンとしまり引きずられていくキャサリンの声がだんだんと小さくなっていく。
「まったく主の娘はしょうがないの業が深うて。そしてこの男はもっと若いのだから二人で世界をどんなに変えていくか見ものじゃよ」
聖獣から口移された魔力がユーリの中をめぐり魔力の流れを伝える。ユーリの中で魔力回路が砕け潰れ、途切れた箇所ではギンが操作して魔力回路のつながりやあるべき道を探る。
「なかなか派手にぶっ壊れておる。精霊様にエルフの女王よ力を貸してくださいませ。カールスバークのロットよ、ワチの魔力を貸すからお前の主のピンチに力を貸すがいい」
内検したギンにすればこれは治癒ではなく回路の再建と呼ぶのがピッタリのいかれた壊れ具合。
縁が遠ければあきらめろと匙を投げだしたい状態なのだが、今この場所に自分がいるのだからそんな道はないのだろう。
「さすがに神に連なる子であるな。己の窮地にこれだけ力ある存在を呼びよせるとは反則であろうに」
自分も何かに呼ばれた側だろう。そうであるならここにいる役割を果たすことが神の思し召しに沿うものぞと自分に言い聞かせる。
だがそれにしてもホトホトにあきれるほど膨大で難解な作業が待ち構えている。
まるで大きく崩れて通れなくなった巨大な迷宮を作り直す作業に思える。
全てを元になぞ戻せるわけがない。とにかく大きな道さえ通してユーリが目覚めさえすれば、自分自身で元の形に戻ることができるはずだ。
ギンは自分自身とカールスバーグのロットそして宝刀ソアラに宿るエルフの女王の意思とともに、魔力体としてユーリの内部へ入りガレキを取り除いて壁を再建を始める。
進むことで弱った部分が崩壊しないように、取り除いた大きな岩盤が他の壁の崩壊に連鎖しないように。
精霊達が必死に防壁を張り続けて協力する様は、まさにこの場の総力を結集した作業であった。
一朝一夕に進まないのは作業が繊細なくせに通路が異常に大きいからだ。
比べるなら世界規模の魔導士ですら太いパイプ程度の魔力路であるのに対し、ユーリのものは竜が2匹並んでも通れるくらい幅があり高さは見上げるほどもある。そして壁も頑丈この上ない。
それを再建しなければならないのだからたまったものではない。
「随分とコキ使ってくれるものよ」
神獣への道を歩むギンですら久しぶりに人間臭いセリフを口にするのだった。
「う、うううわわわーーーーんん!!」
ポタポタポタポタ。
枯れ果てたと思った涙がそれでもポタポタと流れ落ちる。
キャサリンは今日一日で何年分もの涙を流しただろうか。
「なーに?そんなにユーリの唇が奪われちゃったのがくやしいの?」
マーサはわざと軽口をたたく。
可愛い娘が泣いているのはそんなことではないだろう。
「そ、それも、ある、ある、けど・・・」
よしよし、と抱きしめて頭をなでながら「あるんだ」と驚きもする。
ギンさんの口づけは間違いなく必要なことだろうと直感でわかる。
しかも相手は聖なる存在だし、そしてキツネなのに。。。
瀕死の状態で治療を受ける冒険者たちはもっとヒドイものをいろんなところから突っ込まれることもある。
死ぬよりましだそれどころではない。
「ボクってどうして何にもできないんだよおおおおおおお!くやしいよおおおおおおお!」
わんわんと涙を流すキャサリンに、昔の自分を思い出してツキリと胸が痛む。
「あらあら。これから頑張ればいいのよ?」
「わかってる、わかってるけど・・・・わあああああああーーーーーんんん!」
まだ若い。
これから散々と別れの経験をしていくだろう娘。
何もできない自分、無力な自分を何度も何度も味わって上書きされていく。
世界一の武闘家だろうとS級冒険者だろうと、どうしようもならないことはいつもついてまわる。
それは魔導士団の団長で魔法学院長のキルリスだって同じだ。
「よしよし。いいのよ今日はダメでも明日力を持てれば。生き残ればいいのよ」
きっと今は伝わらなくてもそれでいいのだ。
落ち着いたキャサリンとマーサはユーリの指示で印をつけた地図を確認する。裏で付け狙う東の帝国も王国内では表立って活動できないのだから、傀儡となっている王国の貴族がいるに違いない。
「ハイラント公爵の派閥貴族が多いわね。ブル侯爵、ヤング子爵、ハルミトン子爵、ヨシュア男爵・・・それぞれのお抱え魔導士と雇い入れた東の魔導士かしら。不思議だけどハラント公爵のお宅からは直接ないのよね。貧民街からも1つあるわ」
「公爵本人は大丈夫だってユーリが言ってた・・・よ?」
シャルロット第二王女を闇魔導士バーンに襲わせ亡き者にしようとした大公爵ハイラント。
国内では最大派閥の長であり、王選では第一王子を推して実験を握ろうと企んでいると目される。
権益に敏い人物でなりふり構わない。国内で最も危険な貴族のひとり。
そんな相手でもユーリが断言したのだから大丈夫のだろう。
では子飼いの貴族たちが暗躍しているのは個別の判断なのだろうか?
・・・それとも東の帝国の意思なのか。
「ユーリが断言したのならそれでいいわ。それより気になる点もあるのよね」
「王宮から二つも導線が繋がっていることだよね?おそらく宮廷貴族からと軍部から」
「王国軍か魔導士団かはわからないけどもね」
マーサはあえて口に出し可能性をさらけ出す。
キャサリンからすれば魔導士団は自分の仲間達であり、トップであるキルリスにとっては信頼する部下達である。キャサリンからは口にすることは憚られるが、マーサからすれば構っていられない。
この先はさらに厳しくなるのだから。
「あらあら?うちは随分と注目されてるのね。王都の圏外からも注目されているわ。距離があるから大した指令は出せないでしょうけど、それでも高位の従魔使いの仕業だわ」
地図の外に抜けていく矢印を世界図とあわせて線をのばした先。
「北と南へと抜ける導線はそれぞれ王国に接してて王都に一番近い都市の方向だね。でもそれ以外では一つが森林地帯でもう一つは・・・ベルンだね。その先には山脈があるから間違いないよ」
「国内の敵はもう一度洗いなおす必要があるかもしれないわね?結局使い魔たちは捕獲できなかったから精霊に調べてもらうこともできないし」
ユーリが倒れた瞬間のこと。
ヤタガラスたちは倒れている使い魔たちを咥えて飛び去ってしまった。
なんの痕跡も残さず見事な撤収はいっさいの証拠を残さない。
残されたのは東の帝国が絡まなければこんなことは不可能だという状況だけだ。
「なぜ全ての使い魔たちをまとめて連れて逃げたんだろう?全員が仲間なんてありえる?」
「そうなのかもしれないし、私達みたいに相手を探ろうとしてるのかもしれないわ。ユーリをスカウトしたいなら対立するでしょうけど、ユーリを殺すために手を握ることだってあるかもしれない」
マーサは当たり前のように分析していく。
誰かがどこかがユーリを独占したいなら自分以外は敵になる。だがユーリを殺せればいいという目的ならば敵対せずに手を取り合えばいいのだ。利害が反発しないのだから。
「なんだかこわいよお母さん。世界中がユーリを狙ってるかもしれないだなんて」
軍部に籍を置くキャサリンであっても、狙われる対象が最愛の人となればこんなに怖いことだとは。自分でも初めて知る感情だった。
「そうね。それだけユーリが世界に重大な存在になるということだし、世界に必要な存在になるということよ。必要とされるならば利害が反する相手からすれば不要で邪魔な存在になってしまうわ」
キャサリンにはコクなことを言っているかもしれない。
それでもユーリがユーリとして生きていくならばしょうがないことだ。
既に亡くなったカールスバーグが実証してみせたことだ。
キャサリンの大好きだったおじいちゃん。
自分の生き方を死ぬまで貫き、そのおかげで死ぬまで狙われ死んでも恨まれ続けた。
ユーリも同じように力を持ち、そいて己を曲げられないのだからキャサリンは覚悟するしかない。
「ひとまず調査のマトメが終ったからお茶にしましょう?あなたが干からびておばあちゃんになっちゃたら困るもの」
続きは明後日の土曜日0:10頃です。前後10分のズレはご愛敬と流してくださいませ。




