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第86話 キルリスの従魔

「これはひどいね。体の中の魔力回路がズタズタだ」


「大丈夫かい、ユーリは大丈夫なのかいお父さん!!ボクは何をすればいいのかな!!」


自分の娘であるキャサリンの必死な願いにせまられてもキルリスの表情は硬い。

かざす手のひらから癒しの淡い光でユーリを照らしていくが反応はなく絶望に似た感情がよぎる。


「いいから少しは落ち着きなさい。揺さぶったりせずに静かにベットに寝かせるんだよ?」


肩を叩かれてもキャサリンはベッドの傍から離れようとしなかった。

ベットサイドに座って白い顔で意識のないユーリの手を握り続ける。

キルリスはその様子を見て何も言わずに部屋を出た。


「ユーリはどうでした?」


マーサも心配が顔に出ているのだからすっかりユーリは家族だなと思う。

気休めになるような言葉を言ってやりたいが、自分は真っ先に現実に立ち向かい対処する役割だ。

キルリスは淡々と状況を説明する。


「普通の魔導士なら廃人になるほどの重傷だ。ユーリの魔力体がごっそり半分も削り取られたように傷ついて消失しているし、おそらくその時の衝撃で体内の魔力回路が粉々に破壊されている。肉体に置き換えれば下半身を吹っ飛ばされて体中の血管がいたるところで破裂しているようなものだよ。現実の肉体ではなく魔力体だから今すぐに死んだりはしないけど、このままで果たして意識を取り戻せるのか、意識が戻っても魔法が今まで通りに使えるようになるのかはまったくわからない」


自分たちの回復魔法では魔力回路を直すことはできない。

治すことができるのは現実の肉体の損傷だけだ。


「あの人なら何とかするのだろうけどな」


キルリスの父カールスバーグであれば。

あのユーリと同じく人外の魔導士であれば魔力回路ですら回復術式を施していた。人間のレベルでは扱えない「極回復」という名の特別な癒しの魔法。父はやんごとない場合はロットを振るい魔力回路の修復を施していた。


おそらくユーリならロットが無くても同じ魔法を使えるのだろう。だがここにはロットはあってもカールスバーグはいない。そしてユーリは魔力回路がズタズタに引き裂かれており、体内では魔力が暴走して意識がない。

運よく意識を取り戻したとしても今の状態で魔力を体内に循環させるなんて不可能だ。


気がかりなのはユーリだけではない。


「ユーリの探知が敵に露見している可能性が高い。ユーリにダメージを与えたのは偶然の産物だろうけど、そのことに気づかれて攻撃されると意識のないユーリを庇いきれない」


おそらくユーリが受けたダメージは闇魔術による偶然の結果だ。

敵が行ったのは大掛かりな祭壇魔術でわずか一瞬を狙えるような精密なものではない。

ユーリの人外の魔術を人の枠内の魔法で狙って撃ち落とすことなんてできない、ということだ。



あの時。

それまで監視していた使い魔たちの動きをとめて捕獲しようとした時だ。


自分達の存在を隠すためであろう、敵は使い魔達を逃がすため新たに鳥の使い魔にこちらを襲撃させた。

それを好機と捉えたユーリが逆探知をかける。これだけ大掛かりな集団攻撃を仕掛けてくることができる相手であり、絶対の機密保持に走る相手。それは巨大な組織か国だとしか考えられない。

突き止めるべきな真の敵はこちらだという意識が全員に共有された結果の行動だ。


想定を超えた事態がすぐ後に起こる。

敵はユーリから逆探知されることを察知して鳥の従魔へつなげていた魔力導線を一瞬でぶった切った。

亜空間につながる鏡の権限を発動させて。


魔力導線が通る狭間に亜空間から反射切断の鏡を現世に表出させてその空間にあるもの全てを切断する。入念に設置された巨大な祭壇を用いてハイスッペックな術者が数名がかりで扱える神域に近い闇魔法だ。

優秀な敵の指揮官が一瞬で危険を感じとったとしか考えられない。もちろんいつでも祭壇魔術が使えるほどに危機回避の準備は万全に備えていたハズだ。


結果として敵は見事に証拠隠滅を成功して逆探知を防いで見せたのだ。


状況の全てはこの件が東の帝国の軍部か暗殺者集団の仕業だと示している。

キルリスもまた西の王国で魔術師団の師団長であり、世界中の軍部や諜報部隊にテロ集団の情報も頭に入っている。証拠は回収されてしまったとはいえ、こんなことができる集団は他にいるはずがない。


このすべてをつなげて考えたキルリスは焦燥にかられる。

これは有りえてはいけない事態なのだ。

なぜなら世界一の大国である西の王国の首都のすぐ傍に、王国を突け狙う東の帝国に繋がるアジトが存在することになるのだから。


「私だってタイマンならユーリ以外の魔導士に負ける気はないのだよ。見えない敵に追い詰められるのも愚策だし今は敵の監視がない好機だ。せっかく新しい息子がつかんだ敵の尻尾をみすみす放っておけるハズがない」


「いいお顔になってますわね?こちらは大丈夫ですよ全員守りますから」


キルリスは書棚にある魔導書を持ち出すと庭に出て落ちた枝を拾った。

20年以上も使っていなかった魔導書を念入りに確認しながら、木の棒でガサリ、ガサリと地面に魔法陣を描き詠唱を始める。

「従魔召喚」


魔法陣が一瞬だけ輝くとキルリスはその上に腰を下ろす。

「さあ久しぶりの再会だ。ボクのかわいい相棒たちは元気にしていたかな?」




「それなりにな」

魔法を行使して数分もたたずに、草むらの影から返事が返ってきた。

「久しぶりだねギンさん」


いつのまにかキルリスの横に白銀のキツネが陣取っており、聡明な瞳で懐かしい主を見上げている。


「他のモノは来るかわからんぞ。我らにも寿命があるし最後にお主と会ったのは20年も前であろう」

久しぶりの相棒を魔眼で見るとシッポが二つに分かれ始めている。

修行により獲得したのであろう強い魔力と神聖なオーラを纏い、懐かし気に微笑むその瞳からはキルリスへの信愛に満ちているのだった。


「神格を得られそうで今もまだ生きておる。これ以上神に近づけばお主と遊んでおれぬから良いタイミングであったよ」


20年なんて神と呼ばれる存在にとっては一瞬のこと。

だが現世を生きる命には決して短くない時間。

そして新しいステージを一歩進むためには十分な時間。


続いて現れる新しい気配。

闇の中を巨大な一陣の風が通り過ぎた。

「お客さんだね。でも・・・」


離れた庭の木の葉がカサリと音を立てる。


そこには大型のコウモリがぶら下がってこちらの様子を伺っているようだ。

ジャイアント・バット。


「きみはナイトちゃんじゃないよね。子孫の子かな?」

懐かしい使い魔の名前を呼ぶと、50センチもあって普通の数倍の大きさのコウモリがこちらを見つめて何かを伝えたい素振りを見せた。


「キィッ」

「契約を結んでもいいかい?キミの言葉を聞きたいからね」

「キイッキイッ」

同意するように返事をする魔獣にうなずくと、ナイフで指先に傷を作ってコウモリの額に印をつける。

「汝、我との契約により従魔となることに同意するか?」

「キイッ」

従魔契約が成功した証の輝きが溢れ、一人と一羽の間で意識が同調していく。

わかりずらいコウモリの表情でも気持ちが伝わってくる。

懐かしい相棒と同じように。


「ナイトの娘さん?」

「そーよ。じょーおー様に頼まれてたからね。死んでたらワタシに代わりにいってくれーって。おいしーものたべられるっていってたけどほんとー?」


「そうだね。楽しみにしてていいよ甘い果実をたくさん取り寄せておくから。そういえばキミのお母さんも甘いモノすきだったね」


「いっぱい、だよー。みんなきょーりょくしてくれるんだからー」


やってきた個体は以前の使い魔ナイトの後継者であろう、つまりは彼女が現在の女王様に違いない。

彼女と契約したということは配下に数十羽はいるあろうジャイアント・バットの群れが協力してくれることになる。

以前の仲間であった夜の女王ナイトと同じように。


「キミのことはバットちゃんと呼ぶけどいいかい?力を貸して欲しいんだ」


依頼するのは2時間も前にベッシリーニ邸を襲ったヤタガラスたちの捜索。

おそらく王都近郊の森であろう。湖や池のそばだと思われる。

飛び去っていった方向だけはわかるが闇夜であり範囲は広い。


「みんなで手分けするからだいじょーぶだよー。そのかわりあまーいのたのむからー。あんたのかせぎなんて、ふっとぶわよー」


随分と人間臭い言葉を母親から教えこまれたものだ。

昔懐かしいナイトの減らず口が思い出されて苦笑するしかない。

ジャイアント・バットの群れが闇夜に飛び去っていくと、キルリスはギンさんを邸宅の中へと促した。


「でも残念だ。ロボがきてくれるかもしれないとは楽しみにしていたけど」

懐かしいグレイト・ウルフはどうしているだろう。

孤高の狼。

広大な森を見渡す丘で月明かりに照らされたシルエットが遠吠えする威風堂々とした姿。


「アヤツがそこらの魔獣にやられたとは思いたくはないがの。老いもするし寿命もあろう、なんぞ理由があって遅れておるだけかもしれぬがそれもしょうがあるまい?」

白銀の狐がボソリとつぶやく。感傷ではなくただの事実として。


「俺たちは神様が創りたもうた深淵なる世界に浮かんで消える泡のひとつ、だったか?」

「憶えておったか。今となっては傲慢で恥ずかしいばかりじゃが間違ってもおらんだろう?」


符号のように言い合った昔を思い出しほっそりと微笑む影二つ。

そして時は満ちていく。


お知らせ

明日から掲載ペースを調整させてもらいます。

毎日お楽しみの方ありがとうございます。なるべく掲載を減らさずに進めますので時間もらえますでしょうか。次の掲載は明後日水曜日の0:10前後を予定してます。

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