第85話 負けたのか
深夜。
幹線道路の街灯と朝まで続く居酒屋の灯りを除けば王都も闇が支配する。
新月で月明かりも暗い。見えているのは雲間でチラチラと輝く星ばかり。
ひっそりと行われる企みならば闇に溶けて見えなくなってしまう、そんな夜。
貴族街の一角にあるベッシリーニ邸は光がもれないように厚いカーテンで窓を覆って闇に混ざっている。
1階のリビングでソフアに向かい合い座る4人。
テーブルには王都近郊の詳細地図が広げられている。
俺の前にキルリスとマーサさん。横はもちろんキャサリンだ。
準備は万端。
その場の全員が油断も無駄な高ぶりもない。
一人一人が確実に役割を果たすプロフェッショナルであり、一騎当千の戦士や魔法使いであって作戦司令官も果たす。俺が自慢できる最強の家族だ。
「さあ始めちまおう。人の家をのぞき込む無礼者にひと泡吹かせてやろうぜ」
<力の顕現>
<魔力探知>
俺は力の顕現を使って最大限に広げた魔力探知を王都中に向けて放つ。
探索する対象は。
ウチに使い魔を送って命令を出しているヤツラ全員の魔力だ!!
夜の闇の中。
ベッシリーニ邸を中心に輝く魔力が大きく羽ばたき広がっていく。
まるで巨大な光の鳥が畳んだ翼を広げていくように。
魔力の光が王都中に広がると、俺の頭では王都の街並みに張り巡らされた魔力の流れの線である魔力導線が光の線として知覚できる。
目的はベッシリーニ邸の付近に潜むターゲットの使い魔から延びる魔力の痕跡を辿ること。
魔力導線の行きつく先が使い魔を送り込んだヤツラの居場所だ。
頭の中に辿った先にいる魔術師たちの顔が浮かぶ。
<マーキングッ!>
「グアッ!?」
「いたいっ!!」
「!?????」
「キャンッ」
「ヒッ!」
ベッシリーニ邸を監視する使い魔達と、使い魔を遠くから操作している魔導士たち両方に追跡用の魔力を突き刺してマーキングする。釣り針のような魔力のフックがターゲットに刺さるたびにやつらの悲鳴が頭の中に響く。俺を超える魔力と魔法力が無ければ引き抜くことはできない鉤だし、そんなヤツがいるワケがない。
俺のことをなめて敵対した絶対的な証になる。
ヤツラの魂深くにかかって取れない俺の魔力を魔力感知すれば居場所はすぐに特定できる。
自分の魔力だから間違えようがない。広大な王都の隅々までだろうと俺から逃げることはできない。
テーブルに置いた地図の箇所を指さしていくとキャサリンが次々にペンで印をつけていく。
いくつかは王都を超えてはるか遠方へとのびているのだから、俺たちは余程に注目されている存在らしい。キルリス邸を基準にして他に見える山や森、建物、そして星からできるだけ正確に方角を割り出して指でなぞる。事前の打ち合わせ通りにキャサリンがこの場所からの方角を書いて、王都の外まで矢印を引いてくれた。
第一段階が終わり敵の位置を把握した。
逃げられないようマーキングも終了だ。
次はこの使い魔たちを捕獲して調べさせてもらう。
きっと何かが起こるに違いない。
<闇魔法>
<転移術式>
<電撃ボルトッ>
「ニャッッツ!!」
「キュウッ!!」
カサリッ
カサリッ
ドサリッ
追いきれなかったターゲットの素性をさぐるために使い魔たちを気絶させて動きを止める。捕獲すれば精霊達の協力で使い魔達の素性を探ることができる。
「キルリスとマーサさん。必ず二人一緒に動いてくれ」
俺はこの邸宅周辺の見取り図を指さして使い魔が落ちているはずの場所を教えた。
「猫と、イタチ、フクロウ、コウモリ。俺のマーキングに乗せて電流<ボルト>を転移させて気絶させましたから捕獲してください。そろそろ本命からのアクションがあるかもしれません、そうなったらキルリス作戦通りに頼むっ!」
「おまえは将来のお義父さん使いが荒らすぎるだろう!今日も昼間は魔法師団の事務所に缶詰だったというのに!」
ヒユンッ
風のように二人は立ち去ってしまった。
「さあこの間に敵を把握しておこう?」
「ウチは随分と人気者だったんだね。首都の中からも二十は使い魔が送り込まれてるし、首都の外からからも国境の外からきてる使い魔たちもいるんだから。その子たちは魔力導線の方向しかわからないけど、でも辿っていけばどこの国か・・・」
尋常ではない事態だけれどもキャサリンの顔に不安の表情はない。
そうだよ俺がついているから問題ない。
バサバサバサバサ
「今外から音がしたの?こんな夜中なのに鳥が羽ばたいたのかい?」
カーテンを開くとキルリスとマーサさんふたりに向かって暗闇から何かが突っ込んでいるのが見えた。キルリスの魔力防壁にガンガンとなにかが当たって火花を散らす。その瞬間に移るのは大型の鳥型魔獣のシルエットだ。
二人が鳥の群れに空から襲われている。
使い魔を回収されないように敵が手を打ったのか?
あまりにも早すぎる。
「レーザー・ショットで狙い撃ちは難しいな」
鳥が急降下してくるたびに火花が散って一瞬二人の姿が浮かぶけど、動きが複雑に入り乱れて狙いが付けられない。
追い払うだけならキルリスは何とでもなりそうだけど、全方向に障壁を張ってマーサさんを守ることに集中しているようだった。
「多分ボクたちがやるのはお父さんたちの手伝いじゃないよ。あれくらい振り払うくらいつもりなら、風魔法でちょっとした竜巻でも起こせば捕まえられなくても吹っ飛んでいくよ。多分そうやって逃がすことがないようにあそこで粘ってるんじゃないかな?」
「キャサリンは偉いね!さすがだね、この、このっ!」
ヒジでツンツンしたキャサリンのドヤ顔はやっぱりかわいかったがそれどころじゃない。
本命の敵が俺たちの作戦に『かかった』ってことだ!
<魔力感知>
襲っているのはわりかし大きい鳥だ。サギの仲間?
羽を広げたら1メートルくらいはありそうな。
そんな大型魔鳥を20羽も集団で操って、キルリス達が使い魔たちの回収を邪魔する相手。
こいつらを使っているのが本命の敵で違いない。
絶対に逃すわけにはいかない。首根っこを掴まなければならない。
相手さえハッキリわかれば俺は軍隊だろうと国だろうと正面きって相手してやるのだから。
<追跡!>
俺は自分の全身の魔力体を敵の使い魔に続く導線に載せる。
魔力に俺本体の幽体まで載せた俺自身の意思体だ。肉体は無くても全ての魔法まで使える俺自身そのものだ。
魔法を発動した瞬間。
相手へとつながる魔力導線に俺の意識をのせると一瞬で敵の従魔まで届き、間髪いれずにこの従魔に指令をだしている黒幕へ続く魔力導線を探知してつき進む。
もうあと一瞬で敵のヤツラのツラをおがんで目にもの見せてやるっ!
次の瞬間には敵の眼前につながった光の道を抜ける、まさにその時。
突然に。
一瞬の時間すら認知できず激しい痛みが俺を襲った。
ブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチッッッッッッ!!!!!!!!
「ぎゃああぁぁっつっっっがががあああああああ!!!!!!」
辿っていた魔力導線を俺の魔力体が抜け切ろうとしたその瞬間に、意識も魂も注いだ俺の魔力体がむりやり引きちぎられた!
強烈な痛みに襲われ頭の中が激しく光り点滅する。痛みで意識がかき消されていく。
目の奥の神経引きちぎられたみたいだ!脳みそが沸騰したみたいだ!!!!
無茶苦茶だこんなのっ!!
「大丈夫かいっ!!どうしたんだい、なんかやられたのかい!?」
遠くでキャサリンの心配する声が聞こえた。
かっ・・・んぜんに、やられた。
逃がすわけにはいかないと意識や魔力を集中しすぎた。
あの鳥たちを踏み台にして、いっきに俺の魔力体が超速の魔力の流れを追いかけて突き抜けて、次の瞬間に透明な何かにストンと空間を切り取られた。その空間を過っていた俺の魔力体ごとこの次元からえぐり取られた。
まるで頭にでっかいスプーンを突き立てられて、プリンをスクうようにおもいっきり削り取られた。
「ユーリ、ユーリ!!!!!」
「キャサ・・・ごめ・・・」
意識が俺の手元から離れて薄らいでいくのがわかった。
俺はこの世界で始めて負けたのか・・・?




