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第82話 報告

※ 改稿は後半の一部表現のみです。

バタバタした日々が過ぎてやっと落ち着いた頃。

俺は久しぶりに学院に顔を出した。


生徒なのに「顔を出す」というところが何とも生意気なのは自覚している。

しかも重役出勤。

昼飯前の最後の講義が始まる時間にあわせて、一番前の自分の席に滑り込む。


「よおっ」

隣席のシャルロットに向かって声をかける。

俺としてはめったにない爽やかな笑顔で・・・


「こんにちは」


こっちを見向きもされない。

当然に笑顔なんてない。

シャルロットは挨拶を口に出したことすらすでに忘れた感じで、黙々と教科書とノートを開きペンを握る。

そして俺の笑顔は誰にも見られることなくしぼんでいった。


リーンゴーン


授業開始のベルが鳴って講師が入って来る。

これが何の授業か確認してなかったけど(キャサリンじゃないのはわかってたけど)入ってきたのがゼクシーでほっとした。

担任の教師で言語学も受け持っている。言語学は好きでも嫌いけど興味はない。

もう俺の興味は人間だったり人との縁だったり実社会での営みだったりしかない。

こういうお勉強というのもある意味新鮮ではあるけど。


「おっと?めずらしいヤツがいるな?」

講師は久しぶりに俺がいることでバッチし目を合わせてニマニマしていやがる。


「今日は前回の続きからやるぞー。シャルロットはそこのめずらしいヤツに副本見せてやってくれー」

ゼクシーがこっちを気にもしてないように背中を向けて黒板に板書を始める。でも何気にひとこと言ってくれた。


あー。

助かった。

ぶっちゃけどーしよーかと思ってた。

このまま冷たく放置されてたら泣いてたぞオレ。


「・・・はい」

ガタガタと音をたてて机をひっつける。

シャルロットは机と机の間に俺の知らない副本を開いてくれた。

叙事詩というのか。

王国が開闢した頃のエルフ王や精霊たちとのふれあいが詩の形式で書いてあった。


「へー」

これってソアラのこと、か?

俺が国王から下賜された宝剣に宿るエルフ女王の意思。

物語は深い森に精霊たちに囲まれて住まうエルフたちと、国をたちあげた若者たちの友情と思いやりの話で、蛮族との共闘から平和への道のりが描かれている。俺は後で宝剣をからかって実際の話を聞いてやろうと決めた。

どうせこういう伝説は美化されて伝えられてるに違いない。

黒歴史を暴いて悶えさせてやろう。


「じゃあユーリ朗読してくれ。前回の続きから頼むぞ」

「えっ?」


ちょ、ちょ、ちょい待った。


ゼクシー講師から指されてしまった。

え?俺って授業で先生にアテられるとかあるの?ゲストとかオブザーバーとかそういう位置づけじゃねえの?授業を受けてるというより授業を覗きにきてるというか。


「王国最強の男の生声なんてそうそう聞けるものじゃないからな。良く聞いておけよ?滅多に授業に出て来ないからこいつの声を聞くのは最後になるかもしらないぞ」


クスクスと後ろの方の席から笑い声が漏れる。


いやシャレになってないとあきれるしかないんだが。

それでも以前よりはクラスの雰囲気がいいのかもしれない。

俺がいなかったせいだとは思いたくない。


しゃーねーなと思ったけど。どこから読むんだ?

最初からか?


俺はシャルロットに小声で尋ねたけど。


つーーーーーーん。


音がしたわけでも声で言ったわけでもない。

でも顔に書いてある。


「なあこれ?どこ読めばいいんだ?」

今度はハッキリと言葉に出して聞いてみた。


つーーーーーーん。


おいおいちょっと。

いつまで経っても朗読が始まらなくて教室がザワザワし始めても。俺はどこから読んでいいのかわからないのだから困ることしかできない。


もう両手を合わせてお願いする。

「すみませんがシャルロット王女様、どこから読めばいいか教えていただけませんか?」


「・・・・・」


シャルロットも"王女"と呼ばれると無視はできなかったんだろう。

そりゃそうだ俺だってこの国の善良な?臣民だ。

王家の人間からナイガシロにされたら泣いちゃうぞ?


シャルロットはやっと文章の途中の段落を指さしてくれた。

それでも顔はこちらを向きもしていない。


ガタガタと立ち上がりシャルロットに教えてもらった段落から読み始める。


「その時エルフの女王は人間の王と森の守護木の前で誓いを行った。

互いを慈しみ愛すること。

森を愛し、大地を愛し、神の作りたもうた生きとし生けるもの全てを愛すること。

互いの血を分け合い世界の混沌を正すこと。

そしてこの世界で共に生きる時間を互いに慈しむことを」


あの聖剣を王家が持っていたことに関係あんのか?

聖剣は持ち主が気にいらなこれば王家に戻って来るという話だった。

それは誓い合った王家へ平和のために力を貸してるってことになるのかな。

王家が選んだ実行者を聖剣が審査してくれて。ダメだと思えば見捨ててさっさと元に帰る、良いヤツだと認めればそいつに力を貸す、ってことか。


俺としては宝剣が王家へ戻りたくなったらいつでもお戻りいただいて結構なんですけど?なんて考えた瞬間に腰のあたりがビリビリッときた。


「ユーリ?満足した顔をしているがそこは先週終わった節なんだけどな?」


あきれ顔のジョバンの一言で教室はドッと湧いた。


だってシャルロットが?


「シャルロット、正しいところから頼む」


ジョバンに言われてシャルロットが立ち上がる。

本を渡すと随分と先のところから読みはじめた。


やられた。


愕然と腰を下ろした俺。きれいな声の朗読が響く。

シャルロットは朗読の途中に一度だけ俺を見下ろすとイタズラが成功したワルガキのような顔をして笑った。


「ひでえなあ」


昼食時間に入りシャルロットを散歩に誘うとあきれた顔でついてきた。

中庭のベンチに二人並んで座るのもいつか以来だ。


「授業に出てこない方が悪いのではありませんこと?」


素直に腰を下ろした割にはプンッと顔を背けられた。

それはそうだけどさ。

久々に出た授業でイタズラはまいっただよ。


「それにこの学園の中ではあなたと私は同級生であり友人ではなくって?そんなこと忘れたかのように王女様なんて呼ばれてしまったらもう。怒りと失望で指が震えて全然違うところを指してしまうことだってあるかもしれませんわ!」


そういう感じではなかったけどな。

陥れようとする腹黒さがミエミエというか。


「全然震えてなかったぞ。むしろハッキリと違う箇所を指してたぞ?」


「それこそ心の中の問題ですわ!いろいろなことがあなたの周りに起こってあなたに降りかかっているのに。あなたから話を聞こうにも学院に全然いらっしゃらないのですものもうなんなんですの!この2週間ほどに積み重なった怒りで指が副本のどこを指したかなんて憶えておりませんの!」


ソッポを向いたまんま。でも少しだけ見えるホッペは真っ赤になってた。


「そりゃよ。悪かったよいろいろあって」


「・・・ご婚約されたのですの?」


「ああ。俺はキャサリンと一緒に生きていくって決めたんだ」


「そうですの」


風が彼女の髪を揺らした。

ずっと違う方を向いている彼女の表情は俺にはわからない。


「母上からは伺いましたけど。あなたの口から聞けてよかったですわ」


こういう時にはなんて声かければいいんだろう。


謝るのも気遣うのも違うし笑いとばす感じではないし。


相手の好意はわかってるつもりだけど。

前世では向けられる好意なんてどこにもなかったから、気持ちにどう応えればいいかなんて考えたことはなかった。

そんな今の俺にはどうしようもなく狼狽えることしかできない。

俺の気持ちと彼女の気持ちは違うから。


何も言うことができずに上を向くと空では強く吹く風に雲が流れていく。


どれくらい時間が過ぎたんだろう。

雲も大分向こうまで行ってしまった頃。


シャルロットはこちらを振り向いて笑顔を輝かせた。


「おめでとうございますわ。友達として学友として。そして王国の第二王女としてあなたを祝福します」


もう行きますわね、と立ち上がったシャルロットに俺は声をかける。


「俺は」


気の利いたことが言えないけど。間違いない気持ちだけでも言葉にさせてくれ。


「俺の友達に手を出すヤツは許さない。そしてシャルロットは俺の大切な友達だと思っている」


自分が思っていることを、言えることをそのままシャルロットに伝える。

出来るのはそれしかなかった。


「私もですわユーリ。困ったらまた頼らせてもらいますから覚悟なさってくださいな」


シャルロットは振り向かない。

少ししゃれっ気交じりの口調でそう答えただけだった。


「いつでも声をかけてくれ。俺はあんたの親御さんからも頼まれたけども関係ない。大切な友達に何かあれば助けるために体が勝手に動く、それしかできないイノシシみたいなもんだ」


シャルロットをまっすぐ見つめるユーリの瞳は揺らがない。当然で絶対だとの想いが伝わってくる。

だからこそ、たとえどんな惨劇が起ころうとも、死神の鎌が首にかけられて明日が見えなくなろうとも。

目の前で自分を見つめる少年の決意が変わることがないと信じられる。信じさせてくれる。


「あなたが俺のことを友と呼ばなくなるその日まで」



そんな日なんてくるはずがない。


シャルロットは心の中で絶対に譲れない気持ちを噛みしめる。


壊れてしまいそうだった自分の心を救い、危険を顧みず首謀者の元に乗り込んで捕縛し、その後も暗殺者に命を狙わている。

これからはユーリ自身だけでなく周りにも降りかかるであろう火の粉のことなんておくびにもださない。恩に着せることもない。


自分のことを友だからと。王族でも王女でもなく誰の命令でもなく、一人の友だから困ったら声をかけろという少年のことを。


儚い初恋が敵わない今となっては彼に何を返すことができるかもわからない。そんな無欲の友達のことを。


自分が友だと思わない日なんて来るはずがない。


「それでしたら」


もうシャルロットは振り向きもせずに、自分のことを友人と呼ぶ少年に言葉を投げかけた。


「せめてこの学院の中でだけは私のことを王女と呼ぶのはお止めくださいまし!他人のように呼ばれてるみたいで不愉快ですわ!!」


婚約者でも恋人でも友人でもなく。

ただ他の国民からと同じように呼ばれてしまったら。


哀しくて涙がこぼれてしまいますわ。


シャルロットは教室に向けてずんずんと歩いていく。

零れ落ちそうになる涙に歯を食いしばって耐えながら。


このお話までが序盤となります。ひと区切りしてホッとしてます。

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この先は少しだけ掲載ペースを落としていこうと思います。この2か月は消費ばっかりでした「少年」先のお話し創る時間取らないとです。これから始まる中盤も手掛け始めてみると随分と難しそうな感触が。

今月はこのまま毎日更新でその先は様子を見ながらペース落としてきます。週三~四ペースでの掲載を予定しています。



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